鬼と桃太郎の壮絶な戦いを描く『桃源暗鬼』は、激しいバトルだけでなく、登場人物たちの複雑な人間関係や裏切り、隠された真実といった要素が、物語に深みを与えています。
特に読者に衝撃を与えたのが、主人公たちが信頼を寄せる鬼機関側に裏切り者（内通者）が潜んでいたという事実です。
作中でその存在が示唆されてから、鬼側の居場所や能力が桃太郎側に筒抜けになるという異常事態が発生し、多くの読者の間で「一体誰が…」という議論が巻き起こりました。
本記事では、物語を大きく動かした裏切り者（内通者）の正体である遊摺部従児に焦点を当て、彼が裏切りに走った悲劇的な動機、桃太郎機関の右京による残酷な洗脳の全容、そして羅刹学園の仲間たちとの絆の再生に至るまでの壮絶な道のりを徹底的に解説し、考察していきます。
遊摺部従児の行動の裏にあった、妹への純粋な愛と、その想いを利用した桃太郎側の非道な戦略の核心に迫りましょう。
疑念の浮上：なぜ鬼機関に裏切り者（内通者）がいるのか
鬼機関側に裏切り者がいるという疑念は、戦闘や会議の場で得られた複数の不自然な状況証拠から、確信へと変わっていきました。
桃太郎機関への研究データ流出の描写
内通者の存在が初めて具体的に示唆されたのは、一ノ瀬四季が初めて人を殺めた、桃太郎機関の研究所での戦いの後の出来事でした。
姿は描かれなかったものの、鬼機関側の誰かが、桃機関の桃坂国領に研究データを渡す描写が明確にされました。
この時の国領の「わかってると思うけど終わりじゃないよ？これからもしっかり働いてね」という発言は、これが一度限りの裏切りではないこと、そして内通者が桃太郎側の駒として継続的に活動していることを示唆していました。
鬼機関にとって極秘であるはずの研究データが流出した事実は、組織内部に情報源が存在することを疑う十分な理由となりました。
杉並区での戦闘における鬼側の情報漏洩
裏切り者の存在が明確な事実として認識されたのは、その後の杉並区での戦闘でした。
鬼の地下会議で淀川真澄が「この中に桃と繋がっているヤツがいるかもしれない」と発言し、疑念は表面化します。
その証拠として、3日前の桃の襲撃時に援護に出た真澄ら戦闘部隊は、相手に能力を完璧に把握されていたのです。
発動時間、条件、発動時の特徴といった機密情報がすべて漏れていた状況は、鬼側からの意図的な情報流出以外の何物でもありませんでした。
戦力配置や作戦情報だけでなく、個々の能力の詳細まで知られていたことは、桃太郎側が鬼機関の人間から直接的に情報を得ていることを裏付けていました。
桃の隊員が迷路のような地下通路を迷わず侵入できた理由
杉並区での戦闘における最も不自然な事態は、桃太郎の隊員たちが鬼の住処である地下の通路を、迷うことなく奥まで向かってきたことです。
鬼の通路は桃が容易に侵入できないよう、迷路のように入り組んだ構造になっているはずでした。
しかし、大勢の桃が迷いを見せずに奥まで進んでくるという事態は、誰かが地下の正確な情報を流したことを明確に示していました。
これらの情報漏洩の連鎖によって、鬼機関側に裏切り者（内通者）がいるという事実は動かしがたいものとなり、杉並区での戦いが裏切り者の正体が明かされる舞台となります。
裏切り者の正体は遊摺部従児：皇后崎の目撃情報と行動
鬼機関に潜んでいた裏切り者の正体は、羅刹学園に通う一ノ瀬四季の仲間、遊摺部従児でした。
彼の裏切りを最初に察知し、確信を持ったのは、鋭い観察眼を持つ皇后崎迅です。
皇后崎迅が遊摺部従児に疑念を持った決定的瞬間
杉並区での戦闘中、応戦していた皇后崎は、遊摺部従児が裏切り者であると勘づく決定的な瞬間を目撃します。
それは、桃の隊員が遊摺部従児に気づいた途端、攻撃をやめて襲わなくなったという場面でした。
この不自然な行動から、皇后崎の疑念は遊摺部従児へと向かいます。
皇后崎は、遊摺部従児が四季の命を狙っているのではないかと考え、そのことを四季に伝えますが、遊摺部従児を仲間だと信じる四季は、その言葉を信じようとはしませんでした。
遊摺部従児の裏切りは、信頼と真実の間で、仲間たちの絆を試すものとなりました。
情報を盗み、一ノ瀬四季の命を狙った遊摺部従児の裏切り行為
遊摺部従児は、仲間たちの信頼とは裏腹に、裏切りへと行動を移します。
彼の今回の目的は二つ、鬼の住処の住所等が入っている情報の回収と、四季の命でした。
遊摺部従児が鬼の情報を盗もうとしているところを、四季と皇后崎が目撃したことで、彼の裏切り行為が公然の事実として明らかになります。
しかし、遊摺部従児は追い詰められた状況下で、仲間である四季と皇后崎を連れ去るという驚きの行動に出ます。
隠された遊摺部従児の戦闘力と四季を連れ去った真相
遊摺部従児は、四季や皇后崎に比べて戦闘力は劣っているというイメージが読者や仲間内でもありました。
血蝕解放も索敵系の能力であり、直接的な戦力として評価されることは少なかったからです。
しかし、裏切り行為が露呈した際、遊摺部従児は、拘束しようとする皇后崎と混乱している四季を、殴り倒して拘束しました。
この行動は、「遊摺部従児は四季たちよりも強いのではないか？」「今までの弱さは演技だったのではないか？」という衝撃的な推測を読者に抱かせました。
遊摺部従児の真の戦闘力が明らかになった瞬間であり、彼は情報を盗み出しただけでなく、四季を桃太郎機関側に連れ去るという、最も重大な裏切りを実行に移したのです。
遊摺部従児が裏切った悲劇的な理由：妹への献身
遊摺部従児が、命をかけて仲間を裏切るという道を選んだ背景には、彼にとっての唯一無二の存在である妹への深い愛と献身がありました。
妹の重い病気と桃太郎機関・右京との交換条件
遊摺部従児が裏切りに走った理由は、すべて妹の文乃のためでした。
文乃は、治るのに時間がかかる重い病気を患っており、その治療を桃太郎機関の右京が手助けしていました。
遊摺部従児は、妹を救うためなら「なんでもする」という強い願いから、自ら右京に裏切り者となることを交換条件として申し出たのです。
この状況は、遊摺部従児にとって、妹の命と仲間への裏切りを天秤にかけるという、極めて非情な選択を迫られたことを意味していました。
遊摺部従児にとって、妹は唯一血の繋がった家族であり、その存在は何よりも優先されるものだったのです。
鬼と人間の子の血筋が遊摺部従児に与えた宿命
遊摺部従児と妹の文乃の関係には、鬼と人間の血筋が深く関わっています。
遊摺部従児の両親は、鬼と人間であり、鬼×人＝鬼 or 人という血の継承が起こっていました。
遊摺部従児は鬼の血を継いでいますが、妹の文乃は鬼の血を継がず、人間として生きています。
この事実が、右京が文乃の治療に手を貸す理由となります。
桃太郎は人間に危害を加えてはいけないという原則があるため、右京は文乃を保護し、その治療を交換条件に遊摺部従児を内通者として利用できたのです。
遊摺部従児は、鬼の血を継いだことで鬼機関に入り、妹は人間の血を継いだことで桃太郎側の取引の対象となるという、血筋がもたらした悲劇的な宿命に苦しむことになりました。
初期から張られていた制服デートの伏線と遊摺部従児の純粋な想い
遊摺部従児が裏切り者であるという事実は、初期から物語の随所に伏線として張られていました。
羅刹学園にいた頃、遊摺部従児はしばしば「制服デート」にこだわって話をしていました。
当時は、単なる冗談やスケベな発言と受け取られていましたが、妹の文乃と会った際、「文乃がしたいって言ってた制服デートしないとな」と語る場面で、これが妹との約束であったことが判明します。
この伏線は、遊摺部従児の行動原理が一貫して妹への愛に基づいていたことを示しており、彼の純粋な想いが、いかに桃太郎側に巧妙に利用されていたかを読者に突きつけました。
遊摺部従児が裏切るという行為は、妹の文乃の前で見せる「お兄ちゃんの顔」と、仲間を裏切る「内通者の顔」という、彼の二面性を際立たせるものでした。
右京の洗脳能力による遊摺部従児の悲劇的な状況
遊摺部従児の裏切り行為は、単なる妹への献身だけでなく、桃太郎機関の右京による洗脳能力によって、さらに悲劇的なものとなっていました。
洗脳能力の「枷」と幻覚を見せられた遊摺部従児
右京の能力は、洗脳です。
他者に自身の細菌を吸わせることで幻覚を見せるというもので、さらに力の制御を解放して身体強化も施すことができます。
遊摺部従児は、この右京の能力によって洗脳され、妹（文乃）が生きているという幻覚を見せられていました。
遊摺部従児が洗脳されていることに気づいたのは、四季です。
洗脳は脳みそがあれば生物は問わずにかけることができますが、人への洗脳は時間がかかるという特性があり、右京は遊摺部従児を羅刹学園に入る前から洗脳状態に置いていたことが示唆されています。
この洗脳が、遊摺部従児の行動を妹の生存という偽りの希望によって強く縛り付けていた「枷」となっていたのです。
妹はすでに死亡していたという残酷な真実
遊摺部従児は、数年前まで母と妹の文乃と暮らしていたという事実があり、妹は確かに存在していました。
しかし、遊摺部従児が妹の文乃が生きているという幻覚を見せられていたという事実は、妹はすでに死亡していたという残酷な真実を意味していました。
妹が生きているならば、わざわざ幻覚を見せる必要がないからです。
結果として、遊摺部従児は妹がもう死んでいることを知らずに、妹が生きている幻覚を餌にいいように使われていたということになります。
遊摺部従児が妹のためにしてきたすべての努力や裏切りが、無意味であったという事実は、四季たち羅刹学園の仲間に、右京へのとてつもない怒りを抱かせることになりました。
洗脳が解けない特性と心の崩壊の危機
右京の洗脳能力の厄介な特性として、右京を殺しても洗脳が解けることはなく、右京が解除しない限り死後も洗脳が残り続けるという点があります。
この事実は、遊摺部従児が一生洗脳されている可能性があるという、絶望的な状況を示していました。
洗脳が強まるにつれて、遊摺部従児の心は壊れてしまうという危機に瀕しており、「自分にだけ見えてれば、誰にも迷惑かけないならそれでいい」とまで発言し、妹の幻影から離れられない状態にありました。
遊摺部従児が独りぼっちになるという恐怖に囚われる中、彼を救おうとしたのは、羅刹学園の仲間たちとの絆でした。
仲間との絆と処分：遊摺部従児の無実の証明
洗脳という事実が明らかになったことで、遊摺部従児の裏切りは本人の意思によるものではなく、桃太郎側の非道な策略であったことが判明します。
無陀野無人たちの言葉と遊摺部従児の決意
遊摺部従児が妹の幻影から離れられずにいる中、無陀野無人らの言葉が、彼の心を揺り動かします。
「死んだ人間に捉われて生きる？それともその想いや体験を未来に活かすのか？」という問いは、遊摺部従児に現実と未来を見つめ直させました。
遊摺部従児自身も、いつまでも妹にしがみついていてはいけないということは心の底ではわかっていたのです。
彼は、「自慢のお兄ちゃんになるよ」と約束をし、妹の文乃とちゃんとお別れするという決意を固めます。
この遊摺部従児の決意が、彼を独りぼっちにはさせないという、羅刹学園の仲間たちの絆を強固なものにしました。
昴の能力による洗脳状態の検証と「無実」の判断
羅刹学園に戻った遊摺部従児に対し、彼の行動が自身によるものか、洗脳によるものだったのかを検証する必要がありました。
そこで、記憶をのぞくことができる昴（すばる）によって、遊摺部従児の心と記憶が確認されます。
その結果、遊摺部従児は羅刹学園に入る前からすでに洗脳状態にあったことが判明し、彼に対する裏切りの嫌疑は晴れ、無実という判断が下されました。
この「無実」の判断は、遊摺部従児の心と身体が桃太郎側に利用されていたという事実を裏付けるものであり、彼が真の裏切り者ではなかったことを証明しました。
遊摺部従児の洗脳解除と羅刹学園への帰還
洗脳が強くなり、心が壊れてしまう寸前であった遊摺部従児でしたが、無実の証明と仲間たちとの日々が、壊れた心を取り戻してくれることが期待されました。
彼は、羅刹学園に再び残ることとなり、仲間として再スタートを切ります。
洗脳は意識を奪うタイプではなく、本人の意識に洗脳を植え付けるタイプであったため、強制力が強くならず、会話が機械的になるといった怪しまれる要素がなかったことが、遊摺部従児の洗脳が長期間にわたって発覚しなかった理由の一つとして考えられます。
遊摺部従児の帰還は、羅刹学園の仲間たちにとって、絆の力と真実を勝ち取った勝利となりました。
右京の動機と洗脳のタイプに関する考察
遊摺部従児を洗脳し利用した桃太郎機関の右京の動機と、その洗脳能力の巧妙さについても考察が必要です。
右京の洗脳が意識を奪わないタイプであった理由
右京が遊摺部従児に行った洗脳は、意識を奪うのではなく、本人の意識に洗脳を植え付けるタイプでした。
これは、遊摺部従児の会話が自然であり、周囲に怪しまれないようにするための非常に計算された戦略であったと考えられます。
意識を奪う強制力が強い洗脳では、遊摺部従児の行動や言動が機械的になり、無陀野無人や花魁坂京夜といった鋭い観察眼を持つ教員たちに、すぐに異常を察知されてしまうリスクがあったからです。
右京は、遊摺部従児の妹を救いたいという純粋な願いを最大の洗脳トリガーとし、彼の意識の自由を奪わずに行動だけを支配するという、巧妙かつ非道な手段を用いました。
遊摺部従児の妹の死に右京が関わった背景と娘への想い
遊摺部従児の妹である文乃の最期を看取ったのは右京でしたが、右京自身が文乃を殺したわけではありません。
しかし、右京は娘を持つ父親でありながら、遊摺部従児の妹の死を偽装し、その情報を利用するという冷酷な行為に及びました。
右京がそこまで冷酷非道でいられた背景には、彼自身の娘の命を救いたい一心があり、それ以外のことを考える余裕がなかったことが示唆されています。
「娘への想いの方が勝る」という右京の心情は、遊摺部従児の「妹のためならなんだってする」という献身と対比されるものであり、どちらも家族への愛という普遍的な感情が、非道な行動へと駆り立てたという、物語の皮肉を描いています。
右京は、文乃の姿に自分の娘を重ね合わせたからこそ、冷酷になれたのかもしれない、という考察も成り立ちます。
まとめ
『桃源暗鬼』における遊摺部従児の裏切りは、彼が桃太郎機関の右京によって巧妙に洗脳され、すでに死亡していた妹の幻覚を利用されたという、極めて悲劇的な真実の上に成り立っていました。
皇后崎迅の目撃情報から始まった疑念は、遊摺部従児が四季を連れ去るという行為によって確信へと変わりますが、彼の動機が妹への純粋な愛であったこと、そしてその愛が非道な右京の洗脳によって枷となっていたことが判明します。
遊摺部従児は、昴の能力による無実の証明と、無陀野無人をはじめとする羅刹学園の仲間たちとの強い絆によって、心の崩壊の危機を乗り越え、再び仲間として迎え入れられました。
彼の物語は、家族への愛という純粋な感情が、いかに戦争の非情な策略に利用されるか、そして仲間との絆こそが、その絶望的な状況から救い出す唯一の光であることを示唆しています。
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