漫画「キングダム」に登場する秦国の将軍・王翦と、趙国の宰相・李牧。
この二人の対決は、多くの読者を熱狂させてきました。
特に、策略家として互いを認め合いながらも、全く異なる思想を持つ二人が繰り広げた鄴攻防戦は、物語の中でも屈指の名勝負と言えるでしょう。
この記事では、王翦が李牧に持ちかけた「新しい国づくり」の誘いを李牧がなぜ断ったのか、そして二人の強さや史実における活躍を深掘りして解説していきます。
王翦と李牧、二人の人物像を深掘り
まず、物語をさらに面白くしている王翦と李牧のキャラクター像を詳しく見ていきましょう。
王翦
王翦は、勝利を確信できる戦いにしか興味を持たない、徹底した合理主義者です。
感情に流されることなく、勝利のために最善の策を練り上げるその知略は、軍を率いる将軍としては申し分ありません。
しかし、一方で自身の命や勢力拡大を何よりも優先する利己的な一面も持ち合わせており、「いつか自分が王になる」という野心を胸に秘めています。
そのため、秦の六大将軍に匹敵する実力を持ちながらも、その危険性を買われて分家の王騎よりも地位は低く、大将軍には任命されませんでした。
王翦が顔の上部を覆う仮面式の兜を被っているのは、その本心や表情を他人に悟らせないため、という見方もできるでしょう。
王翦のプロフィール
名前 | 王翦(おうせん) |
出身地 | 秦国 |
役職 | 大将軍蒙驁の副官、後に大将軍 |
性格 | 利己的、野心家、徹底した合理主義者 |
特徴 | 顔上部を覆う仮面式の兜を被っている |
野望 | 王になること |
息子 | 王賁 |
李牧
李牧は、涼しげで美しい容貌を持つ趙国の宰相であり、趙の三大天の一人として国を支える優秀な策略家です。
無駄な血を流すことを嫌い、敵味方ともに命を大切にする姿勢は、王翦とは対照的と言えるでしょう。
「馬陽の戦い」で王騎を打ち破るなど、その実力は誰もが認めるところです。
しかし、彼が仕える趙の王は、自身の保身ばかりを考える愚かな人物でした。
李牧は、そんな王であっても、故郷である趙国のために大義を抱いて戦い続けます。
物語の序盤から登場し、信や政の前に立ちはだかる最大の強敵として描かれています。
李牧のプロフィール
名前 | 李牧(りぼく) |
出身地 | 趙国 |
階級 | 三大天の一人、宰相 |
役割 | 趙の司令塔 |
初登場 | 馬陽の戦い |
性格 | 飄々としている、無意味な死を嫌う |
特徴 | あまり殺気を感じさせない、命を大切にする |
李牧が王翦の誘いを断った理由
王翦は、鄴攻防戦の最中、敵である李牧に対して驚くべき提案をします。
それは、「我々二人で手を組み、新たな国を作らないか」というものでした。
王翦は、李牧が愚かな趙王に仕えているのはもったいないと考え、その才能を高く評価していました。
しかし、李牧は王翦の誘いをきっぱりと断ります。
この時の李牧の言葉が、彼の思想を最もよく表しています。
「王翦、あなたはこの中にいる全ての人たちの中で一番愚かだ」
このセリフには、李牧の王翦に対する深い洞察と、自らの信念が込められていました。
「愚か」という言葉に込められた意味
李牧が王翦を「愚か」だと断じた理由は、王翦に「大義」がないことを見抜いたからです。
王翦は、戦いで勝利することや自分の野望を満たすことしか考えていません。
国を守る、中華を統一して戦のない世を作る、といった大義を一切持っていませんでした。
李牧は、優れた武力や知略を持っていても、大義を持たない人間が王になれば、結局は自分の利益のために国を動かすだけの存在になってしまうと考えたのでしょう。
それは、李牧が仕える趙の愚かな王と本質的に変わらないと李牧は見ていたのです。
李牧にとって、王翦の誘いは、単なる野心家の利己的な企てに過ぎませんでした。
祖国への忠誠心と民への思いを強く持つ李牧にとって、その誘いに乗ることはあり得なかったのです。
王翦と李牧はどちらが強い?
「キングダム」の世界で、王翦と李牧のどちらが強いのかは、多くの読者が議論するテーマです。
公式ガイドブックに掲載された能力値を参考にしつつ、作中の活躍から二人の強さを比較してみましょう。
能力値の比較
公式ガイドブックによると、二人の能力値は以下のようになっています。
王翦
知力 | 97 |
武力 | 93 |
指導力 | 94 |
経験値 | A |
李牧
知力 | 100 |
武力 | 91 |
指導力 | 99 |
経験値 | S |
知力、指導力、経験値では李牧が上回り、武力では王翦がわずかに勝っています。
数値だけ見れば李牧が上回っている部分が多いですが、作中の描写では王翦が李牧の戦術を読み解き、対応していく場面がたびたび描かれています。
これは、王翦が相手の戦い方を瞬時に見抜き、それを自分の強みとして活用する能力に長けているためと言えるでしょう。
鄴攻防戦での兵糧攻め合戦
鄴攻防戦では、王翦は李牧が守る難攻不落の城を正面から攻めるのではなく、あえて城周辺の民を鄴に逃がすことで、城内の兵糧を枯渇させるという奇策を講じました。
李牧は、王翦が列尾を落とさずに兵糧攻めを仕掛けてくるとは予想していませんでした。
この戦いでは、王翦の柔軟な発想と、勝利のためには手段を選ばない冷徹さが際立っていました。
朱海平原の戦いでの読み合い
朱海平原の戦いでは、両軍の総大将として激しい頭脳戦を繰り広げました。
この戦いの最終局面で、秦の右翼軍が趙の左翼軍を突破してくるかどうかという読み合いで、王翦は信じ抜きましたが、李牧はそれを許さないと確信していました。
結果的に、信率いる秦の右翼軍が突破に成功し、秦軍は挟撃に成功します。
この勝負の「読み」においては、王翦に軍配が上がったと言えるでしょう。
史実での李牧と王翦の活躍
「キングダム」は史実をベースにしていますが、史実では二人の運命はどのようなものだったのでしょうか。
ここでは、史実における李牧と王翦の活躍を考察します。
李牧の最期
史実において、李牧は優れた名将として記録されています。
しかし、趙の王の愚行が原因で悲劇的な最期を遂げています。
秦の買収工作に騙された趙王は、李牧が謀反を企てていると信じ込み、彼を処刑してしまいます。
これにより趙は最後の防衛線を失い、秦の侵攻を止めることができなくなりました。
史実通りであれば、「キングダム」でも李牧は最終的に趙王によってその命を絶たれることになるでしょう。
王翦の活躍
王翦は、史実において秦の中華統一に大きく貢献した名将として知られています。
李信が敗北した楚平定戦では、王翦が60万の大軍を率いて楚を滅ぼすことに成功しました。
この功績は、王翦が秦王政から絶大な信頼を得ていたことを物語っています。
また、燕の都を陥落させるなど、数々の戦で勝利を収めました。
老年に差し掛かるまで秦王政に重用され、反乱の疑いをかけられながらも天寿を全うしたとされています。
まとめ
「キングダム」において、王翦と李牧は互いの実力を認め合いながらも、全く異なる信念を持って戦うライバルでした。
李牧が王翦の誘いを断ったのは、王翦に国を治めるための「大義」がないことを見抜いたからです。
二人の強さについては、能力値上は李牧が勝るものの、作中では王翦が李牧の戦術を上回る場面がたびたび描かれ、一概にどちらが強いとは言えないでしょう。
しかし、史実においては、運に恵まれなかった李牧と、王や仲間に恵まれた王翦が、全く異なる結末を迎えています。
今後の物語で、李牧と王翦がどのような決着を迎えるのか、多くの読者が注目しています。
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