高校野球を舞台に、球児たちの熱い青春を描く大人気漫画「ダイヤのA」。
2006年から「週刊少年マガジン」で連載が始まり、現在も「actⅡ(第2部)」が連載されているロングヒット作品です。
講談社漫画賞少年部門の受賞や、テレビアニメ化、舞台化もされるなど、その人気は10年以上にわたり衰えることを知りません。
そんな「ダイヤのA」の主人公が、青道高校野球部のピッチャー、沢村栄純。
持ち前の負けん気と天性の才能、そしてたゆまぬ努力で、“エース”の座を目指して奮闘する彼の姿は、多くの読者の心を掴んで離しません。
今回は、沢村栄純がどのような人物なのか、彼の武器である“ナンバーズ”と呼ばれる多彩な変化球の進化、そしてエースへと駆け上がっていくその成長の軌跡を徹底的に深掘りしていきます。
「ダイヤのA」とは?
「ダイヤのA」は、東京都内の野球強豪校・青道高校を舞台に、高校球児たちの熱い青春を描く少年漫画です。
作者は寺嶋裕二で、2006年から「週刊少年マガジン」で連載がスタートしました。
物語は、主人公・沢村栄純が中学最後の試合で才能を見出され、青道高校に入学するところから始まります。
第1部は、沢村が入学してから春の高校選抜大会への切符を手にするまでが描かれ、コミックスは全47巻で完結しています。
そして、沢村が2年生になったタイミングから「actⅡ(第2部)」として新たな物語がスタートし、現在は第2部が連載中です。
アニメは2013年10月から放送が始まり、2015年4月からは新シリーズ「ダイヤのA -SECOND SEASON-」も放送されました。
ほぼ原作通りの内容で、子供の教育上、一部下ネタなどはカットされているものの、原作の熱量をそのままにアニメでも多くのファンを魅了しています。
「ダイヤのA」の主人公・沢村栄純の“原石”に迫る
「ダイヤのA」の主人公である沢村栄純は、青道高校野球部の副部長兼スカウトの高島礼が、たまたま見た中学最後の試合でその才能にインスピレーションを感じてスカウトされた人物です。
彼は左利きの投手で、チームのエースになることを目標にしています。
沢村栄純のプロフィール
所属 | 青道高校1年生→2年生 |
出身 | 長野県 / 赤城中学 |
ポジション | 投手 |
投打 | 左投左打 |
背番号 | 20(1年夏)→18(2年春)→1(2年夏) |
身長/体重 | 175cm / 65kg |
誕生日 | 5月15日 |
趣味・特技 | クワガタ捕り、相撲観戦、釣り |
好きな食べ物 | 納豆以外なら何でも |
CV | 逢坂良太 |
単純明快!真っ直ぐで熱い“ムードメーカー”
沢村の口癖は「おしおしおーし!」。
野球漫画の主人公らしく、負けん気の強い一本気な性格が特徴です。
単純明快な思考回路をしており、周囲からたびたび“馬鹿”呼ばわりされることもありますが、感情表現がとても激しく、感極まって泣くことも少なくありません。
当初は地元にある高校に進学し、仲間たちと共に野球を続けるつもりでしたが、高島礼に才能を見出され、渋々ながら見学に訪れた青道高校で御幸一也と出会い、野球留学に心を動かされてしまいます。
帰省後、仲間たちの後押しもあって青道高校入学を決意しました。
寮では倉持洋一、増子透と同室(2年生になり増子が引退してからは浅田浩文)であり、倉持からは関節技をかけられたり、パシリにされるなど、いじられキャラとしての一面も。
しかし、こうした素直で単純な性格は、チームのムードメーカーとして空気を変える存在にもなっています。
入部当初はその性格や言動が災いし、チームメイトから反感を抱かれることも多かったです。
例えば、本格的な指導を受けていなかったため細かい知識に疎かったり、エースを目指すと大口を叩いた割にベースカバーや牽制すら行えない、キャッチャーの意見を無視してど真ん中のストレート勝負にこだわる、変化球を何一つ投げられない、敵チームに情報を漏らしそうになるなど、とにかく“悪目立ち”していました(御幸曰く「バカ丸出し」)。
元々「仲間と共に野球をしていた」「野球はやるだけ」というスタンスに対し、青道高校野球部は「勝つために野球をやる場所」という相違点もあり、他のメンバーと頻繁にぶつかっていました。
しかし、クリスから「投手として大切なこと」を教わり、努力を重ねていくうちに大きく改善していきます。
学業は芳しくなく、数学に至っては「分数で止まっている」と自称するほどですが、テストのたびに金丸信二の指導を受け、どうにか赤点を回避しているようです。
その反面、当初から発想力に優れている描写が散見され、後の“ナンバーズ”会得につながっていきます。
恋愛についても非常に疎いですが、実のところ結構モテるタイプで、明確に想いを寄せている蒼月若菜、西野理佐をはじめ、マネージャーの吉川春乃からも意識されているという見方もあります。
同学年の剛腕投手、降谷暁とはお互いライバル視していますが、次第に野球についての情報交換をするなど仲を深めているようです。
2年生に上がると、都内の強豪校からも知られる存在となり、市大三高の天久光聖とLINEで意見交換を行うなど、交友関係の幅を広げていることも彼の成長を感じさせるエピソードです。
進化する“変則ムービングボーラー”沢村栄純の投手としての特徴
中学ではエースでしたが、高校に入学するまで正式なピッチング指導を受けていないからこその変則的なフォームとキレのあるムービングボールが、投手としての沢村の特徴です。
バッターボックスから見ると腕が遅れて出てくるためにタイミングが取りづらく、実際の球速よりも球が早く感じるという読者レビューも多いです。
また、片岡監督やキャッチャーの御幸、クリスは、沢村の“気持ちの強さ”も高く評価しています。
1年生時の成長と“イップス”の克服
高校入学当初の沢村の球速は130km/hにも満たず、本人曰く「ストレート一本勝負」と球種は1つしかありませんでした。
しかし、ボールの握り方が定まっていなかったため、その沢村にとってのストレートが、実際には“ムービングボール”という変化球になっていました。
当初はノーコンでしたが、並外れた肩関節と手首の柔らかさにより、ボールを上下左右へと変化させる天性のムービングボーラーだったと言えるでしょう。
弱点は遅い球速と、高校野球ならではの金属バットで、詰まらせたと思っても外野まで運ばれるケースが多々ありました。
投手に専念していたためフライもまともに捕れなかったり、打撃面はティーバッティングの球すら空振るなど、投手以外の技術は壊滅的でした。
しかし、6月の黒士館戦でなぜかバントだけは上手いことが判明し、監督のアドバイスをきっかけに「出所が全く見えず、いきなりボールが飛んでくるように見える」という、非常にタイミングの取りづらい投げ方を習得。
これを機に急成長していきます。
夏合宿ではフィールディングのセンスを見せ、夏合宿後の大阪桐生戦〜夏大の稲城実業戦にかけてインコースへのコントロールを身につけていき、癖球で打たせて取るスタイルを確立します。
これにより、夏大で1年生ながら見事ベンチメンバーとして活躍し、薬師戦ではクリスに教えてもらっていたフォーシームを披露。
仙泉学園戦では無意識にカットボールを投げ、薬師の真田俊平に影響を受けていたこともあり、そのまま習得。
次の稲城実業戦では故意に投げました。
しかし、稲城実業戦で白河勝之に与えたデッドボールがきっかけとなり、インコースに投げることができない“イップス”になってしまいます。
インコースに投げられないことを逆手に取り、クリスの最後の教えでアウトロー投げを習得。
秋大の帝東戦ではアウトロー主体の投球をします。
七森学園戦でイップスを克服し、これによりインハイとアウトローを投げ分けられるようになり、この頃からピッチングに関して自分でも考えるようにもなっていきました。
王谷戦の前には、以前よりも癖球ではなくなったことが判明し、また、落合コーチにチェンジアップを教えてもらい、ぶっつけ本番で投球し、2種類のチェンジアップ(通常のチェンジアップ、高速チェンジアップ)を習得します。
ちなみに通常のチェンジアップは初球地面に叩きつけましたが、2球目で投げることに成功しています。
薬師戦の前、再び真田俊平に影響を受け、首脳陣や引退した3年生、現在のチームメイトがいる中でツーシームを試し投げ。
変化はしたものの、周りの反応はいまいちでしたが、御幸は「使えなくはないけど驚くほどじゃないって…その時点で相当高いレベルの話だけどな…」と評価しており、実戦でもたまに投げるようになりました。
さらにこの直後、御幸にスピンの効いたきれいな真っすぐを要求され、以前よりも球質が良くなったフォーシームを習得。
3年生が「速く…なった?」と言っているため、球速も上がっていると考えられます。
実際にこのフォーシームで薬師の轟雷市を2打席目で三振に斬って取りました(1打席目は単打を打たれたものの、次の打席で完璧に抑えたという事実が彼の成長を示しています)。
冬合宿ではバントの構えからなら打てることが判明し、おそらくバスターは自分で考えたと思われます。
1年生時の打率はほぼゼロ(御幸ですらツーアウト満塁時に「次の打席はあの馬鹿だから、その前に何とかするしかない」などと言われる始末)という打撃面は課題が残りましたが、単純な能力以外にも勝負強さを見せる性格も併せ持ち、闘志を前面に押し出すスタイルは試合の流れを引き寄せ、逆転を引き起こすピッチングを行える選手へと成長しました。
ピンチに動じず真っ向から向き合っていくメンタルの強さ、上級生でも焦るような劣勢でも、一声で雰囲気をひっくり返す性格など、類まれな“エース”気質の持ち主です。
その“原石”の大きさは、首脳陣や捕手陣、さらに対戦した相手チームの監督ですら将来性を感じていました。
2年生時の飛躍と“エース”としての自覚
2年生に上がって最初の公式戦、センバツの宝明戦ではリリーフとして登板しましたが、初球でずっこけたのをきっかけに四球を与え、さらにコースが甘くなって打たれたヒットが2本と不本意なピッチングをしてしまいました。
日本庄野戦、巨摩大藤巻戦は登板がなく、沢村は初戦のピッチングが原因だと判断し、このセンバツでの悔しさをバネに、さらに成長していきます。
春大の永源戦では、フォーシームが135km/hまで上がっていることが判明しました。
春日一戦ではスプリットを投げますが、制球が安定しないらしく、この試合以降あまり投げていません。
市大三高戦の前、裏で練習していたカットボール改を披露し、GWの遠征、白龍戦では早めのクイックや複数の投げ方がある牽制を披露するなど、投手としての引き出しを増やしていきます。
群馬の白龍、千葉の鳴田工業、久米などの強豪校を相手に防御率1.17と結果を出し、夏大前には、フォーシームが138km/hを記録しました。
市大三高vs仙泉学園戦で空振りしない市大三高打線を見て、「当てられるんじゃなくて当てさせる変化球が必要だ」と考え、自ら握りを考案しスプリット改を習得。
そのまま市大三高戦で投げました。
市大三高戦の3回、2人目の打者の3球目に投じたフォーシームが140km/hを記録し、また9回3安打1死球1失点で完投するなど、エースとしての風格を見せつけます。
初回から全力で腕を振り続けていたらしく、それでも完投できるスタミナを見せたことは、彼のフィジカルと精神力の成長を表しています。
2年生時のピッチャーとしての能力として、
球数次第では9回も投げられる豊富なスタミナ
最高140km/hで空振りも取れるフォーシーム
内と外の投げ分け、ゾーンで勝負できるコントロールに加え、ピンチの時でもインハイに投げ込む度胸
遊び球が少なく、勢いに乗ると手が付けられないピッチング
ヒットは期待できないが、ファールによる粘り、バントやスクイズでチャンスを広げ、無駄なアウトにならない打席
複数の牽制方法に加え、世代ナンバーワン捕手である御幸の肩で機動力破壊が得意なチーム相手でも盗塁を許さない
逆転を呼び込むピッチングに加え、日常でもその性格面で後輩を引っ張り、チーム全体に大きな影響を与える
強豪校でも手こずる、改良を加えた沢村だけの特殊な変化球がある
といった点が挙げられます。
また、ゾーンに入ったと思われる描写がたまにあり、そうなると強豪高の打線相手に無双する姿は、まさに“エース”と呼ぶにふさわしいものです。
上記の通り、入学当初とは比べ物にならない成長を遂げ、御幸とは別のやり方でチームを引っ張っています。
沢村栄純の“代名詞”、多彩な変化球“ナンバーズ”の秘密
沢村栄純の代名詞といえば、彼が操る多彩な変化球“ナンバーズ”です。
これは沢村の持ち球のことを指し、日によって制球・変化量が変わるため、まだまだ未完成な部分もあります。
沢村がチェンジアップを投げるようになった後、握りの変化で違う種類の変化球を投げ分け始めたことで、握り方や変化ごとに番号を付けて“ナンバーズ”として12種類の球種をまとめて呼ぶようになりました。
御幸一也と共に磨き上げた「ナンバーズ」
ナンバーズは沢村がオフシーズンの間に、キャッチャーでキャプテンとなった御幸と共に、12種類のそれぞれの球種を一つずつ磨いていたものです。
特に、ナンバー7の「カットボール改」は変化が大きく、最初に沢村がその球を投げた時には御幸でさえもキャッチできないほどのキレがありました。
これは、沢村の天性の腕のしなりと、御幸のリードが融合して初めて生まれた“化学反応”だと言えるでしょう。
新1年生のキャッチャーたち、特に1軍入りした奥村光舟でさえも、入学当初は沢村のナンバーズ、特にナンバー7のカットボール改の急激に大きな変化に対応できず、完璧に捕球できない様子が描かれています。
いかに沢村の“ナンバーズ”が特殊で、捕手との阿吽の呼吸が必要であるかがうかがえます。
沢村の「ナンバーズ」一覧
沢村が操る“ナンバーズ”は、彼の投球の幅を広げ、打者を翻弄する強力な武器となっています。
元々、人並み外れた手首の柔らかさから、本人は意識していなかったムービング・ファストボールを投げていましたが、御幸やクリス、落合コーチとの出会いを通して、それぞれの球種に名前と番号が付けられました。
ナンバー4:フォーシーム
沢村がクリスから教わった球種であり、彼の「生命線」ともいえる武器です。4本の指を縫い目にかけて握る基本的なストレートで、2年夏の時点では最高球速140km/hを記録しました。
独特のフォームから放たれる強烈なバックスピンが、打者の手元でグッと伸びるため、球速以上の威力があります。
ナンバー2:ツーシーム
ストレートとほぼ同じ球速で、シュート回転しながら少し沈むように変化する球種です。指を縫い目に2ヶ所かけて投げることからこの名前がついています。
投げ始めた頃は準レギュラー程度の評価でしたが、ここぞという場面で打者の芯を外すのに使われ、彼の投球の幅を広げました。
ナンバー5:チェンジアップ
落合コーチに教わった、沢村の決め球の一つです。ストレートとの球速差が約20km/hあり、打者のタイミングを大きく外すことで打ち取ります。
ブレーキの利いた球は、ストレートの威力をさらに引き立てる効果があります。
また、この球種を握り方をアレンジして生み出した「高速チェンジアップ」も投げることができ、使い分けによって打者を翻弄しました。
ナンバー7:カットボール改
沢村のウイニングショットとして欠かせない球種です。
通常のカットボールよりもキレと変化量が増しており、ストレートと変わらない球速で打者の手元で大きく横に曲がります。
その切れ味は鋭く、空振りした打者が「球が消えた」と錯覚するほどでした。
この球は、御幸さえも初見では捕球できなかったほどで、二人のバッテリーの進化を象徴する球でもあります。
ナンバー9:スプリット改
スプリットとツーシームを融合させたような、沢村独自の球種です。スプリットよりも速く、打者の手元でツーシームのような変化で落ちるのが特徴です。
低めに決まれば空振りも奪えるため、打者を打ち取るだけでなく三振も狙える球種として、沢村の投球を支えました。
ナンバー11:スプリット
チームメイトである降谷の得意球でもあるスプリットです。
フォークより落差は小さいものの、そのぶん球速が速いのが特徴です。
沢村はまだコントロールが定まらず、試合ではあまり使われていませんでしたが、もしこの球種を自在に操れるようになっていれば、まさに「鬼に金棒」だったでしょう。
未完成のナンバーズは?
沢村は作中で他にもいくつかの球種を練習していましたが、惜しくも完結までに完成させることはありませんでした。
ゼロシーム
名前しか判明しておらず、指から縫い目を外して投げる無回転のストレートではないかとファンの間で考察されています。
スライダー・カーブ
オフの間に練習していたものの、制御不能であったり、ただのスローボールになってしまったりと、作中では実戦で使えるレベルには至りませんでした。
沢村と御幸、二人が作り上げた「ナンバーズ」
沢村の「ナンバーズ」は、彼一人の力で作り上げられたものではありません。
沢村が2年生になってキャプテンとなった御幸と、二人三脚でオフシーズンの間、一つずつ磨き上げたものです。
御幸は、沢村の才能を誰よりも早く見抜き、その独特の投球スタイルを最大限に引き出すために、様々な配球やリードを考案しました。
特に、ナンバー7の「カットボール改」を初めて沢村が投げたとき、御幸でさえも捕球できず、その尋常ではない変化に驚くシーンは、二人のバッテリーが互いの限界を超えて成長していることを象徴しています。
沢村の「ナンバーズ」が、彼の投球の幅を広げ、投手としてのレベルを一段階引き上げたとすれば、御幸の存在は、その武器を最大限に活かすための戦略と、何より沢村自身の精神的な支えとなりました。
二人の信頼関係がなければ、ナンバーズはここまで強力な武器にはならなかったでしょう。
新1年生キャッチャーは「ナンバーズ」を捕球できるか?
物語が『actⅡ』へと進み、新たな1年生キャッチャーたちが入学してくると、沢村のナンバーズを捕球するという新たな試練が訪れます。
入部当初に1軍入りした由井薫や、後に1軍に上がった奥村光舟は、沢村のナンバーズ、特に変化の大きいナンバー7のカットボール改を完璧に捕球できず、苦戦する様子が描かれています。
この描写は、ナンバーズがどれほど特殊で、攻略が難しい球種であるかを読者に再認識させるとともに、沢村と御幸のバッテリーがいかに特別な存在であるかを示しています。
新入生キャッチャーたちが、沢村の球を捕球するためにどんな努力をしていくのか、という点も今後の物語の重要な見どころの一つでした。
「エースには俺がなる!」沢村栄純のエースへの道
沢村栄純は、2軍でキャッチャーのクリスと組み始めた頃に、クリスから「降谷がいる限りお前はエースにはなれない」と言われます。
しかし、その後の沢村の成長は著しく、イップスを克服してインコースとアウトコースに投げ分けられるようになり、さらに“ナンバーズ”という沢村ならではの武器を手に入れました。
彼の“エース”になるための最大の壁は、やはり超高校級の重い豪速球を持つ同級生の降谷暁でしょう。
1つ先輩の川上憲史も良い投手ではありますが、投手陣を引っ張る中心的な存在ではあるものの、エースナンバーを背負うところまでは至っていません。
夏大会を前に片岡監督から、背番号は白紙に戻すという発言があった通り、まだまだ青道高校のエースが誰になるかはわかりません。
春の高校選抜での活躍から、降谷はより高いレベルを求めてスランプに陥り、そこからさらに背中を痛めてしまいます。
降谷は、本当のエースとしてマウンドに立つために、他の部員との関わりを新たに構築し始めることになります。
沢村と降谷はお互いをライバルとして認め合っていますし、今後もその他の投手たちと競い合ってよりレベルアップしていくでしょう。
そして2018年10月3日に発売された「週刊少年マガジン」44号(actⅡ141話)にて、2年生の夏に片岡監督から念願のエースナンバーである「1」に選ばれました。
第1期も合わせ、約12年(冊数は60巻)に及ぶ道のりでしたが、これは決してゴールという訳ではなく、ここからが本当の物語であると、多くの読者が感じたことでしょう。
青道のエースとして、今後の彼の成長に期待がかけられています。
まとめ
圧倒的な才能を持ちながらも、ひたむきな努力を続け、挫折を乗り越えて成長していく姿は、読者の心を揺さぶったのではないでしょうか。
特に、高校野球での正式な指導を受けていなかったからこそ生まれた変則的なフォームや、それに伴う個性的な「ナンバーズ」は、沢村を唯一無二の存在にしました。
物語が完結した今、多くのファンが注目しているのは、沢村の最後の投球、そして物語が幕を閉じた瞬間です。
『ダイヤのA actⅡ』の最終回は、夏の甲子園のマウンドで、沢村が力強く振りかぶるシーンで終わっています。
この「俺たちの戦いはこれからだ!」という終わり方は、打ち切りではないかという意見も一部ではありましたが、作者の寺嶋裕二先生は、納得のいく作品が書けなくなったため、物語を完結させたと語っています。
これは、中途半端な物語を書くのではなく、沢村たちが最高の状態で終わらせたかったという、作者なりの決断だったのではないでしょうか。
沢村と御幸、そして降谷たちが、読者の想像の中で最高の舞台で活躍し続けるようにという、作者からのメッセージだとも考えられます。
沢村が念願のエースナンバーを背負い、マウンドに立つ姿は、彼が歩んできた道のりの集大成です。
そして、その後の物語は、読者一人ひとりの心の中で紡がれていく、それが『ダイヤのA』の結論なのかもしれません。
沢村の野球人生は、私たちの想像の中で永遠に続いていく、そう考えることで、またこの作品をより深く楽しめるのではないでしょうか。
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