
累計単行本発行部数1億2000万部を誇る超大作バスケットボール漫画『スラムダンク』。
この作品には、主人公の桜木花道をはじめ、流川楓、三井寿、宮城リョータといった様々な個性豊かな登場人物が揃っています。
その中でも、チームの大黒柱として、そして精神的支柱として湘北高校バスケ部を全国の舞台へと導いたのが、キャプテンの赤木剛憲、通称「ゴリ」です。
今回は、そのゴリこと赤木剛憲にスポットを当て、彼のプロフィール、プレイスタイル、そして多くの読者の心を打った名言や名シーン、さらには知られざる豆知識まで、徹底的に掘り下げてご紹介します。
桜木から「ゴリ」といじられながらも、「全国制覇」という夢を決して諦めなかった赤木剛憲の不屈の信念に迫ることで、あなたの知らない赤木の魅力がきっと見つかるはずです。
赤木剛憲がいなければ、湘北の奇跡はありえませんでした。
スラムダンクの湘北の大黒柱ゴリこと赤木剛憲
『スラムダンク』の作中において、一際インパクトと圧倒的な存在感を放っているのが、湘北高校バスケ部のキャプテン、赤木剛憲です。
彼の存在は、単なるチームのエースという枠を超え、湘北というチームを精神的にも技術的にも支える大黒柱でした。
過去にはチームメイトに恵まれず埋もれてきた逸材でしたが、決して夢を諦めず、ひたむきにバスケットボールと向き合い続けた結果、湘北を全国レベルのチームへと引き上げました。
今回は、そんな赤木剛憲のプロフィールや、彼がコート上で見せた名言、名シーン、豆知識などを紹介していきます。
彼の熱血漢でありながらも繊細な内面、そしてストイックな努力の軌跡をたどることで、読者は改めて赤木剛憲というキャラクターの深みと人間的な魅力を感じることでしょう。
スラムダンクのゴリこと赤木剛憲:プロフィール
赤木剛憲の基本情報と異名
赤木剛憲の基本プロフィールは以下の通りです。
| 身長 | 197cm |
| 体重 | 97kg |
| 誕生日 | 5月10日 |
| 背番号 | 4 |
| 所属 | 湘北高等学校3年生 |
| ポジション | センター(C) |
彼は湘北高等学校バスケットボール部のキャプテンを務めています。
そのゴリラのような風貌から、主人公である桜木からは愛情を込めて「ゴリ」と呼ばれています。
ポジションはバスケットボールにおいて最も身長とパワーが求められるセンターであり、その圧倒的な体格を活かしたプレイから「ゴール下のキングコング」の異名を持ちます。
赤木は小学生の頃から全国制覇を夢見ており、その夢を叶えるために中学から一貫してバスケットボールに情熱を注ぎ続けてきた、根っからの熱血漢です。
赤木剛憲の性格と内面
赤木剛憲は、普段は冷静沈着で礼儀正しい性格の持ち主です。
しかし、バスケットボールのこととなると、その指導は非常に厳格で、チームメイトからは「ゲンコツのキャプテン」と呼ばれるほどです。
強い熱血漢であり、試合中には激高して感情をあらわにしてしまうことも少なくありません。
一方で、その内面は非常に繊細であり、緊張や自意識過剰により精神的に不安定になることがたびたびあります。
特に、重要な試合で「全国制覇」の夢を意識しすぎるあまり、本来の自分の力を発揮できなくなる一面も持っていました。
この「最強の肉体と繊細な精神」というギャップこそが、赤木剛憲というキャラクターに人間的な深みを与え、多くの読者の共感を呼ぶ点だと考えられます。
同級生で副キャプテンの小暮公延は、そんな赤木の良き理解者であり、いつも赤木を精神的に支える重要な役割を果たしていました。
赤木剛憲のプレイスタイルと主な武器
赤木剛憲のプレイスタイルは、ゴール下での圧倒的な体格とパワーを活かした、まさにセンターの王道です。
彼の最大の武器は、リングが揺れるほどの強烈なダンクシュート「ゴリラダンク」と、バレーボールのスパイク顔負けのシュートブロック「ハエタタキ」です。
彼のディフェンス面での貢献度は非常に高く、陵南高校の仙道彰には「湘北は彼の存在だけでベスト8くらいの力はあると思う」と評されました。
ただし、攻撃パターンが少ないのが欠点として指摘されていました。
入部当時はドリブルやフリースローが非常に苦手で、チームメイトからは「デカいだけで下手だから海難にも翔陽にも入れなかった」と言われるほどでした。
しかし、練習に対してストイック過ぎる性格で努力を重ね、その弱点を克服し、湘北の大黒柱へと成長したのです。
この「地道な努力」の経緯こそが、赤木が単なる天才ではなく、努力の天才であることを示しています。
スラムダンクのゴリこと赤木剛憲:主なチームメイト
赤木剛憲がキャプテンを務める湘北高校バスケ部には、個性豊かなメンバーが揃っています。
彼ら問題児軍団をまとめ、全国へと導いた赤木剛憲の指導力と包容力も、彼の偉大な功績の一つです。
スラムダンクの主人公「リバウンド王」桜木花道
桜木花道は身長189cm、背番号10番の1年生で、ポジションはパワーフォワードです。
赤髪が特徴の彼は、バスケは初心者ながら、パワー、スピード、スタミナどれをとっても天下一品の身体能力を持ちます。
桜木最大の武器は、垂直飛び1m以上からなるNBA顔負けのリバウンドであり、赤木の教え「リバウンドを制する者は試合を制す」を体現する存在となります。
気性が荒く周囲とはよく揉め事を起こすトラブルメーカーでもあり、赤木のゲンコツの主なターゲットでした。
「スーパールーキー」流川楓
流川楓は身長187cm、背番号11番の1年生で、ポジションはスモールフォワードです。
中学の時からスタープレイヤーであり、無口で負けず嫌いな性格です。
インサイド、アウトサイドからも得点の取れるスコアラーであり、当初は自己中心的なプレーが目立ちましたが、徐々にパス能力をも発揮し磨きがかかりました。
女子に非常にモテるため、「流川楓親衛隊」というファンクラブが存在します。
「湘北一のスピードスター」宮城リョータ
宮城リョータは身長168cm、背番号7番の2年生で、ポジションはポイントガードです。
ピアスがトレードマークで、神奈川でポイントガードで5本指に数えられるほどの実力者です。
速攻を中心としたスピードを活かしたプレーが持ち味であり、同じ学年のバスケ部マネージャー、彩子に一途に恋をしています。
リョータの電光石火のスピードが、赤木のディフェンスからの速攻という湘北の代名詞的な戦法を支えていました。
「天才シューター」三井寿
三井寿は身長184cm、背番号14番の3年生で、ポジションはシューティングガードです。
中学時代では神奈川の大会でMVPを獲得したほどの天才シューターでした。
安西先生の影響もあり湘北に入学しますが、怪我や赤木の活躍を目の当たりにし挫折しました。
2年間不良仲間とつるむような生活を送っていましたが、3年生になって見事バスケ部に復活を果たし、そのブランクを感じさせない3ポイントシュートで湘北の得点源となりました。
「湘北に欠かせないシックスマン」小暮公延
小暮公延は身長178cm、背番号5番の3年生で、ポジションはスモールフォワードです。
とても温厚で優しく、問題児の桜木に対しても対等な立場で向き合える性格です。
赤木とは中学からの親友であり、赤木のバスケに対する情熱や強い想いを深く知る、赤木の精神的な支えでした。
『スラムダンク』の登場人物の中でも有名なあだ名「メガネ君」とは彼のことであり、決して派手な選手ではありませんが、湘北に欠かせないシックスマンとして貢献しました。
スラムダンクのゴリこと赤木剛憲:主なライバル達
赤木剛憲が「全国制覇」という夢を追う中で、彼と鎬を削ったライバルたちの存在は欠かせません。
彼らとの激闘こそが、赤木の成長を促し、彼の「ゴール下のキングコング」としての地位を確固たるものにしました。
「日本一のセンター」河田雅史
河田雅史は山王工業高校3年生で、背番号7番、ポジションはセンターです。
赤木にとって最大のライバルであり、最強の敵にして、高校界NO.1センターに君臨しています。
入学当時は165cmと小柄だったため、ポイントガードからセンターまでどのポジションもこなす事ができます。
桜木にはその顔立ちから「丸ゴリ」と呼ばれていて、弟にはバスケ部で1年生の『スラムダンク』登場人物一高身長の210cmの美紀男がいます。
河田雅史との対戦は、赤木が初めて自身の限界と全国のレベルを知る、非常に重要な試練となりました。
「帝王」牧紳一
牧紳一は海南大附属高校3年生で、背番号4番、ポジションはポイントガードです。
海南バスケ部主将であり、神奈川NO.1プレイヤーとして知られています。
ポイントガードでありながら、センターの赤木とも互角に渡り合えるほどのパワーを持ち、「帝王」の異名を持ちます。
ファールを受けながらもシュートを決める3点プレイを得意とし、全国的にも有名な選手です。
赤木は牧との対戦を通じて、「神奈川の壁」の高さを痛感し、自身の精神的な弱さと向き合うことになりました。
「ビックジュン」魚住純
魚住純は陵南高校3年生で、背番号4番、ポジションはセンターです。
身長2mを超える巨漢で、「ビックジュン」の異名を持ちます。
入部当時は部員達に「デカいだけ」と言われ、基礎練習にすらついていけなかった過去を持ちますが、監督の田岡茂一に励まされ着々と練習し、赤木と対等に渡り合えるほどの実力者となりました。
赤木と魚住は、お互いを意識し合う良きライバルとして、神奈川のセンターを代表する存在でした。
「柔らのセンター」花形透
花形透は翔陽高校3年生で、背番号5番、ポジションはセンターです。
翔陽の主将兼監督の藤真健司に次ぐスター選手であり、センターとは思えないほどの頭脳プレイやフェイダウェイシュートを得意とし、「柔のセンター」の異名を持つゴール下の要です。
赤木率いる湘北に敗北したために、インターハイ出場を逃しましたが、彼の柔軟なプレイスタイルは、赤木の「剛」のスタイルと対照的で、多くの読者にセンターの多様性を示しました。
スラムダンクのゴリこと赤木剛憲:必殺技集
赤木剛憲のプレイスタイルを象徴する、迫力満点の必殺技を紹介します。
ゴリラダンク
数ある試合の中でも、幾度も勝利への士気を上げ、試合と会場の流れをガラリと変えてしまうのが、赤木の代名詞ともいえる「ゴリラダンク」です。
その威力は凄まじく、実際にゴリラダンクの後はリングがゆらゆらと揺れるほどでした。
NBAでもよく見られる両手のダンクですが、赤木がすることにより「ゴリラダンク」と呼ばれるようになったのは、彼の愛すべき風貌と圧倒的なパワーからでしょう。
ハエたたき
守りの面で湘北のピンチを救ってきた、バレーボールのスパイク顔負けのシュートブロックが「ハエタタキ」です。
オフェンスよりもディフェンス面の方で評価される赤木にとって、この「ハエタタキ」こそが、彼の評価の最大の理由と言えます。
ハエタタキからの宮城を中心とするラン&ガン戦法は、湘北の見物で代名詞であり、赤木の守備力が湘北の攻撃力を支えていました。
ゲンコツ
試合外でも赤木の必殺技として、読者の記憶に強く残っているのが「ゲンコツ」です。
特にふざけた態度や、余計な一言を発してしまった主人公の桜木に対して披露していたのが、記憶に多く残っていると思います。
桜木はこのゲンコツで、バスケットボールに対する姿勢を学び、プレイヤーとして成長していったと言っても過言ではないでしょう。
この「ゲンコツ」は、赤木がチームメイトに愛情と厳しさを持って接していたことの表れでもあります。
リバウンド
センターの赤木にとって欠かせなかったのが、「リバウンド」です。
『スラムダンク』の中でリバウンドに関してはどうしても主人公の桜木にイメージが行きがちですが、赤木もこのリバウンドを非常に得意としていました。
197cmからなる高さと、他を圧倒する体格が生んだ必殺技であり、特に重要な局面でのオフェンスリバウンドは、赤木の得点パターンの一つでした。
彼の教えである「リバウンドを制する者は試合を制す」は、彼自身が最も体現しようとしていたプレー原則でもあります。
スラムダンクのゴリこと赤木剛憲:名言
赤木剛憲は、その熱い魂と不屈の信念から、数多くの名言を残しています。
これらの言葉は、彼のバスケットボールへの情熱と、キャプテンとしての責任感が凝縮されたものです。
「リバウンドを制する者は試合を制す」
赤木の数ある名言の中でも一番有名な名言と言っていいのが、「リバウンドを制する者は試合を制す!」です。
これは、桜木の最大の代名詞であるリバウンドが生まれるきっかけになった言葉です。
最初はリバウンドに関して全く興味を示さなかった桜木でしたが、赤木のこの言葉によってリバウンドを猛特訓するきっかけとなり、桜木のプレイスタイルを決定づけました。
この言葉は、赤木がバスケットボールという競技の本質を深く理解していたことの表れであり、指導者としての才能をも示しています。
「お前のリバウンドには少し期待してる」
翔陽戦で生まれた名言です。
この日、桜木が2得点、流川が14得点と大きく差が出ていました。
流川に勝ちたい桜木は焦りを感じていましたが、赤木から「お前のシュートなんて期待していない」と言われた後、この「お前のリバウンドには少し期待している」という言葉をかけられました。
この瞬間、桜木のモチベーションがガラリと変わった瞬間でした。
赤木が桜木の長所とチームでの役割を的確に見抜き、適切な言葉で導いた、キャプテンの鑑ともいえる名言です。
「骨が折れてもいい…歩けなくなってもいい…やっとつかんだチャンスなんだ」
海南戦で生まれた名言で、赤木の不屈の精神を象徴するシーンです。
牧とリバウンドを競った後の着地で、赤木は捻挫をしてしまいました。
全国制覇は赤木にとって小学生の頃からの夢であり、足首が大きく腫れ上がっているにもかかわらず、マネージャーの彩子に試合に出ると言い、テーピングを巻けと声を上げました。
「骨が折れてもいい…歩けなくなってもいい…やっとつかんだチャンスなんだ!」という言葉は、怪我をしてでも試合に出たいという強い気持ちに、誰もが心を打たれた名言です。
「ベスト8を狙うわけにはいきません。全国制覇が私の夢です」
赤木の自宅に、日本一の大学である深体大の唐沢監督とセンターの杉山が赤木をスカウトしに出向いてきた時の名言です。
スカウトの条件として、湘北が全国ベスト8になることが示されましたが、それを聞いた赤木は「ベスト8を狙うわけにはいきません、全国制覇が私の夢です」と答えます。
この言葉は、赤木の全国制覇への揺るぎない夢を示すとともに、もはや湘北が赤木一人のワンマンチームではないという、チーム全体への強い信頼と誇りが感じられる名言でした。
「チャンスのときこそ平常心だ」
翔陽戦で生まれた名言です。
フリーの状態だった桜木がレイアップシュートを外してしまった時の赤木の言葉が、「チャンスのときこそ平常心だ。」です。
緊張していた桜木に対して緊張をほぐし、冷静さを保たせようとする想いから生まれた、キャプテンらしい名言でした。
この言葉は、『スラムダンク』の世界を飛び出して、現実の世界でも活かされる、非常に普遍的な教訓を含んでいます。
スラムダンクのゴリこと赤木剛憲:名シーン
赤木剛憲のバスケットボール人生には、涙なしには語れない数々の名シーンがあります。
「まだ何かを成し遂げたわけじゃない。なぜこんなことを思い出している。バカめ」
山王工業との試合での名シーンです。
20点差以上あった試合の流れでしたが、チーム全員の活躍もあり、なんと山王相手に5点差にまで縮めました。
その瞬間、赤木は過去の孤独な努力を思い出します。
憧れだった山王相手と試合をしている今、自分は一人じゃないんだという想いが込み上げ、皆の前で涙を流します。
その様子を、共に3年間頑張ってきた小暮が見守る姿にも、読者は深い感動を覚えた名シーンでした。
「春子…お前の見つけてきた変な男は、湘北に欠かせない存在になったぞ。」
山王工業戦での試合の名シーンです。
桜木は山王相手にことごとくオフェンスリバウンドを制し、桜木によって様々な流れを作り出し、期待以上の働きをしました。
宮城がフリースローを打つ瞬間、赤木は桜木を見守ります。
元々桜木を赤木に紹介したのは妹の春子でした。
赤木が「春子…お前の見つけてきた変な男は、湘北に欠かせない存在になったぞ。」と、初めて桜木を称えた瞬間の名シーンは、多くの読者に師弟愛と友情の深さを感じさせました。
「俺は間違っていなかった」
海南戦で赤木が捻挫をしてしまった後の名シーンです。
捻挫した足をテーピングで固めた状態で試合に出場し、赤木がリバウンドで牧に競り勝ちました。
自分は神奈川NO.1プレイヤーに通用しているんだと実感し、今までやってきたことに対し「俺は間違っていなかった。」と、自分で自分を認めた名シーンでした。
このシーンは、赤木の孤独な努力が報われた瞬間であり、読者にとっても感動的なカタルシスを感じる場面でした。
「さあ 整列だ」
インターハイ出場を決め、赤木が涙を流すシーンです。
湘北が陵南戦に勝利しインターハイ出場を決めた瞬間、赤木はチームメイトに対して背を向けて立ち尽くし、静かに涙を拭います。
その姿を確認した桜木は近づき、以前の海南戦の敗北は自分のせいだったと悩んでいた桜木が、その時に赤木にかけられた「さぁ、整列だ」という同じ言葉を赤木に返します。
このシーンは、深い師弟愛と、桜木が精神的に成長したことを感じさせる、非常に感動的な名シーンでした。
スラムダンクのゴリこと赤木剛憲:豆知識
赤木剛憲のキャラクターをさらに深く理解するための、知られざる豆知識をご紹介します。
スラムダンクの赤木剛憲にはモデルがいた
赤木には、実在するNBAプレイヤーがモデルになっていたと考えられています。
その名は「パトリック・ユーイング」というジャマイカ出身の選手です。
1984年と1992年のオリンピックに出場し、2つの金メダルを獲得したレジェンドプレイヤーです。
彼の背番号33は、ニューヨーク・ニックスで永久欠番となっており、赤木同様ゴール下のプレーを得意とし、なんと言ってもその顔立ちがそっくりなことから、モデルであるという説が有力です。
やはりゴリラだけに「ウホ!」と叫んでいるシーンがある
主人公の桜木は赤木に対して容赦なく「ゴリ」と呼んでいますが、実際には赤木自身、周囲からゴリラと呼ばれることには抵抗があり反発していました。
しかし、試合中に、しかもゴリラダンク時に自分の口から「ウホ!」と叫んでいるシーンがあります。
これは本能なのか、それとも無意識にゴリラダンクと一体化してしまったのかは詳細は不明ですが、読者にとっては愛すべきギャグ要素の一つとなっています。
風貌のわりには頭脳明晰
赤木剛憲は、その厳格な風貌に反して、実は頭脳明晰であることが作中で描かれています。
湘北高等学校には、赤点が4つ以上ある生徒はインターハイに出場できないという校則がありました。
これを受けて、桜木、流川、宮城、三井といったスタメン全員を自宅に招き、勉強合宿を開きました。
その際に作成したのが、赤木式の「赤木式問題集(物理)」です。
また、学校の英語の授業では、英文をスラスラ読み上げるシーンがあり、クラスメイトに称賛されるシーンもありました。
バスケットボールだけでなく、学業においても真面目でストイックな一面も、赤木剛憲の完璧主義を象徴しています。
スラムダンクのゴリこと赤木剛憲:その後
優勝候補の山王工業に勝利した赤木率いる湘北でしたが、続く3回戦で愛知代表の愛和学院に負けてしまいました。
その後、赤木はバスケットボール部を引退し、志望校目指して勉強に励みます。
日本一の大学である深体大からの推薦の話がありましたが、最終的にその推薦が無くなったのか、赤木本人が断ったのかは不明です。
引退後も、バスケがしたくて勉強に集中できない様子が描かれており、彼のバスケットボールへの強い想いは、引退後も続いていることが示唆されています。
彼が残した「全国制覇」という夢は、後輩たちへと受け継がれ、新しいキャプテンとなった宮城リョータがその意志を継ぐことになります。
まとめ
今回は『スラムダンク』の中でも、不屈の魂と圧倒的な存在感を放った湘北高校バスケ部のキャプテン、赤木剛憲についてご紹介しました。
彼が生んだ数々の名言や名シーンは、どれもチームメイトへの愛情や、自分の苦悩を経験したことから生まれたものであり、赤木の人間的な良さが一段と感じられたのではないでしょうか。
「リバウンドを制する者は試合を制す」という彼の教えは、バスケットボールだけでなく、人生における成功の鉄則としても多くの読者に影響を与え続けています。
もし、あなたが知らなかった赤木の魅力やエピソードが見つかったなら、もう一度、『スラムダンク』を読み直してみるのもいいかもしれません。
湘北の大黒柱である赤木剛憲の活躍に、改めて心揺さぶられることでしょう。
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