
『週刊少年マガジン』で連載され、社会現象を巻き起こした漫画『聲の形』。
聴覚障がいを抱える少女・西宮硝子と、かつて彼女をいじめ、そして自身もまた孤立を経験した少年・石田将也の心の交流を描き、「人と人が互いに気持ちを伝えることの難しさ」という普遍的なテーマを深く掘り下げました。
原作漫画は累計発行部数300万部を突破し、2016年に公開された劇場アニメ版も興行収入23億円を超える大ヒットを記録するなど、その影響力は計り知れません。
しかし、実は漫画版と映画版では、物語のラストシーンが異なることをご存じでしょうか?
今回は、『聲の形』のラストシーンに焦点を当て、漫画版と映画版それぞれの結末をネタバレを交えながら徹底解説します。
なぜ異なる結末が描かれたのか、そしてそれぞれの「扉」が読者や観客に何を問いかけているのか、深掘りしていきましょう。
社会に大きな問いを投げかけた話題作『聲の形』
『聲の形』は、漫画家・大今良時によって2013年から2014年まで『週刊少年マガジン』で連載された作品です。
聴覚障がいを持つ西宮硝子と、彼女をいじめの対象にしてしまった石田将也、そしていじめの加害者から一転していじめの標的となった将也という、繊細で重いテーマを真正面から描いています。
本作の大きな魅力は、将也と硝子だけでなく、彼らを取り巻くクラスメイトや大人たちの心の葛藤、そして成長が丹念に描かれている点にあると言えるでしょう。
連載前から大反響!数々の受賞歴
『聲の形』は、連載が始まる前に2度読み切り版が掲載されています。
特に1度目の掲載時には、『進撃の巨人』や『どうぶつの国』といった当時人気だった連載作品を抑え、読者アンケートで堂々の1位を獲得しました。
その注目度は連載開始後も衰えることなく、コミックスは全7巻で完結。
2015年には『このマンガがすごい!』のオトコ編で第1位に輝き、『マンガ大賞2015』でも第3位に入賞しました。
さらに、第19回手塚治虫文化賞新生賞など、様々な賞を受賞しており、その作品性の高さが広く認められています。
そして2016年には、京都アニメーション制作による劇場アニメ版が公開され、公開館数120館と小規模ながらも興行収入23億円超という大ヒットを記録。
第40回日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞や、第20回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞など、映画としても高い評価を得ています。
これらの実績からも、『聲の形』が単なる漫画の枠を超え、社会現象とまで呼ばれるほどの大きな影響力を持った作品であることがわかります。
ネタバレ注意!『聲の形』ラストまでのあらすじ
まずは『聲の形』の結末に至るまでの物語全体のあらすじを簡単にご紹介します。
ここからは『聲の形』のネタバレを多分に含みますので、未読の方やネタバレを避けたい方はご注意ください。
出会い、いじめ、そして孤独
物語の主人公は、高校生になった石田将也です。
彼は小学校の頃にいじめてしまった西宮硝子という少女をずっと捜し続けていました。
二人の出会いは小学校。
硝子が将也のクラスに転校してきた初日、ノートで耳が聞こえないことを伝えます。
しかし、耳が聞こえない硝子のため、思うように授業が進まなくなり、クラスメイトたちは不満を抱えるようになりました。
やがて硝子は、将也を中心としたクラスメイトからいじめを受けることとなります。
ある日、将也のクラスで校長を交えた学級会が開かれ、いじめによって紛失した硝子の補聴器の累計額が170万円にものぼることが明かされます。
動揺しつつも、警察沙汰になる前に自らの行為を話そうとする将也。
しかしその直前、今までいじめに無関心だった担任の竹内が激昂し、将也を名指しで非難し始めます。
他のクラスメイトたちもそれに便乗し、将也に全ての責任を押し付けてしまいました。
その後、将也は新たないじめの標的となり、いじめは小学校卒業まで続きました。
中学校・高校ではいじめこそなかったものの、将也は孤立したままの日々を過ごします。
将也の贖罪と再出発
高校生になった将也は、自殺を決意します。
しかしその前に、過去の過ちの贖罪として硝子に謝罪しようと、硝子がいる手話サークルの会場へと向かいました。
将也は過去の行いを後悔していること、そして現在の自分の気持ちを告げ、謝罪します。
話の流れから、最終的には「友達」になって欲しいと硝子へ告げることになりました。
将也の気持ちに対して、硝子は手話で「またね」というサインを出します。
元々謝罪の後、自殺するつもりだった将也でしたが、そのサインを見て自殺を思い止まり、生き直すことを決意しました。
将也は「硝子の為になることをする」という思いを胸に、新しい日々を過ごしていくこととなります。
『聲の形』のラストシーンは漫画と映画で異なる?
ここまで『聲の形』の物語全体のあらすじをご紹介しました。
その社会的な内容から注目された本作は、多くのファンを獲得し、劇場アニメ版も大ヒット。
しかし、実は漫画版と映画版では、細かいエピソードはもちろん、ラストシーンも異なることがファンの間で話題になりました。
興行収入23億円超!大ヒットを記録した映画版
映画版『聲の形』は、公開館数が120館と映画としては小規模でしたが、興行収入は驚異の23億円超を記録しました。
また、第40回日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞や、第20回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞など、様々な賞を受賞しています。
これほどまでに大きな成功を収めた映画版が、なぜ原作とは異なるラストシーンを選んだのでしょうか?
ここから先は、漫画版と映画版の『聲の形』がそれぞれどのような結末を迎えたのか、ネタバレを含んだあらすじを紹介していきます。
ネタバレ注意!漫画版『聲の形』のラストシーン
まずは漫画版『聲の形』の結末についてご紹介します。
ここからは特にネタバレが多く含まれますので、未読の方やネタバレが苦手な方は、コミックスを読んだ上でご覧ください。
成人式で再会する仲間たち
漫画版『聲の形』の最終回は、高校卒業から2年後の成人式が舞台となります。
将也の家では西宮母が将也母にヘアメイクをしてもらっており、その西宮母から、将也は佐原の髪をセットしている硝子と植野の姿が写った写真を携帯で見せてもらいます。
将来理容師を目指している硝子の修業後の働き先を尋ねると、「私に聞かないで。あの子が決めることよ」という返事が返ってきます。
佐原と植野は現在二人でブランドを立ち上げているとのこと。
将也は慌てて準備を済ませ、成人式会場へ向かいます。
そこには、硝子の妹・結弦と、袴姿の永束がいました。
審査員には「向いていない」と散々言われながらも、「友情」をテーマとした映画作成は現在も続けているようで、これからも新作を撮る予定だと話します。
さらにそこへ川井と真柴も合流。
真柴はやりたいことが見つからず、「このままだと売れない監督(永束)の専属役者になってしまう」とぼやきます。
その後、佐原、硝子、植野とも合流し、メンバー皆で集まり、結弦に写真を撮ってもらうこととなります。
過去と未来への「扉」を開く
成人式の後、真柴はクラスメイトに会うため先に立ち去り、それに連れられて永束も去っていきます。
その後、二人だけになった将也と硝子は、母校である「水門小」の同窓会が行われている会場の扉の前へ。
将也は、扉の向こうには辛い過去がある一方で、可能性もあると自分に言い聞かせます。
そして、将也が硝子の手をとり、その扉を開くところで『聲の形』という物語は終わりました。
この結末は、将也が過去と向き合い、未来へ一歩を踏み出す決意を象徴していると考える読者が多いでしょう。
過去から目を背けず、それでも前向きに進もうとする将也の成長が色濃く描かれた、示唆に富むエンディングと言えます。
ネタバレ注意!映画版『聲の形』のラストシーン
続いて、映画版『聲の形』の結末についてのネタバレあらすじをご紹介します。
映画版のラストシーンの舞台は、漫画版のコミックス第6巻57話に相当する、高校の文化祭でした。
「×」が剥がれ落ちる瞬間
硝子の自殺を阻止したものの、身代わりになる形でマンションのベランダから落下してしまった将也。
昏睡状態から回復し、高校の文化祭へ行くことにはなりましたが、永束をはじめとする友人たちとは仲違いしたままです。
友人と顔を合わせることができず、トイレに閉じこもってしまう将也。
そこへ永束が現れ、「お腹が痛いのか?」と問いかけます。
「本当はちゃんと顔合わせるつもりで来たんだけど」と将也は答えますが、それでも目を合わせることができません。
しかし、永束は「君が無事でよかった」「橋の上でのことは気にするな」と号泣し、将也への友情を露わにします。
永束の声を聴いて、他の友人たちも集まってきます。
再び友人に受け入れられた将也は、「みんなと一緒に文化祭を見て回りたい」と希望します。
友人と一緒に校内を巡ることになると、今まで将也の目には友人以外の人たちの顔についていた「×」が一斉に剥離していきます。
これは、相手の声や言葉に耳を傾けようとしてこなかった将也が、ようやく他人の顔を見て耳を傾けることができるようになったことを示唆しています。
「×」が剥がれ落ちていく光景を見た将也の瞳からは、ひとりでに涙が溢れ出します。
自分が泣いているということに驚いた将也を、仲間たちが微笑みを浮かべて受け止める、というのが映画の結末となっています。
この結末は、将也が他者とコミュニケーションを取り、世界と向き合うことができるようになったという、内面的な変化を強く描いています。
漫画版と映画版のラストシーン以外の比較
映画版と漫画版では、ストーリーの流れは同じものの、違った結末を迎えた『聲の形』。
しかし、映画版と漫画版で異なるのは結末だけではありません。
ここからは、ラストシーン以外の漫画版と映画版の違いを紹介してみます。
ラストに大きく影響した?映画作成の下り
まず1つ目の違いは、永束たちとの映画作成の下りについてです。
原作版では話の要ともいえる要素でしたが、映画版では全てカットされていました。
このカットは物語の結末にも直接影響しており、漫画版『聲の形』では作成した映画を文化祭で公表し、新人映画作品審査会へ出品されることとなります。
残念ながら審査会では永束たちが作った映画は酷評され、打ちのめされる結果となりました。
しかしこの結果が、永束をはじめとする仲間たちの進路に影響することとなります。
特に永束については大学に進学した後も映画作成を続けており、漫画版『聲の形』の最終回では将也との会話にその話題が出ていました。
映画版では、この映画作成のエピソードが丸ごとカットされたことで、将也の成長や仲間との絆の描き方に違いが生まれたと考える見方もできます。
いじめや感情表現の「マイルド化」
2つ目の違いは、いじめの描写です。
これは漫画版『聲の形』連載当時から話題となっていました。
『聲の形』を読んでいた方の中には「いじめのシーンが辛くて最後まで読めなかった」という方も少なくありません。
その他にも、キャラクター同士の激しい意見のぶつけ合いにおいても、映画版では若干表現が柔らかくなっていたようです。
いじめのシーンのカットや描写の変更については賛否両論ありますが、「漫画は最後まで読めなかったけど、結末がどうしても知りたかった」「いじめのシーンが少しカットされていると聞いて観に行ってみようかと思えた」というファンもいらっしゃるため、一概に批判できることではないでしょう。
映画という媒体の特性上、より多くの観客に届けるために表現を調整したという見方もできます。
スピンオフ的要素のカット
これは映画化においては仕方のないことかもしれませんが、漫画版で描かれていたスピンオフ的なシーンがカットされています。
主にカットされたのは、西宮母の過去や、川井や真柴をはじめとするその他主要キャラクターたちのそれぞれの視点を描いた内容となっています。
コミックス全7巻にも及ぶ物語を、2時間程度でまとめるためには、これらの要素のカットは残念ながら避けられなかったのかもしれません。
これらのカットされたエピソードは、各キャラクターの深掘りや、物語の背景をより豊かにする役割を担っていました。
『聲の形』のラストシーンやファンの感想にも影響?真柴の役割
もう1つ違う点といえば、映画版と漫画版における真柴智の役割でしょう。
これはちょっとしたことにも思えますが、実は物語への影響はかなり大きいと考えることができます。
なぜなら、漫画版『聲の形』では、真柴は「いじめを許せないキャラクター」として描かれているからです。
『聲の形』の主人公はあくまで将也ですが、彼が反省しているとはいえ、元いじめ加害者であることは事実です。
本作はほぼ将也の視点で描かれているため、将也がどれほど反省し、後悔しているのかが読者にダイレクトに伝わります。
しかし、これが現実の話であればどうでしょうか。
自分がいじめの被害者であれば、加害者を許すことはかなり難しいことかと思います。
事実、映画版『聲の形』を観た方の中には「納得できない」と感じた方も沢山いらっしゃると言われています。
しかし漫画版の真柴のように、元いじめの被害者でありながら「許せない」と堂々と発言するキャラクターがいれば、読者はより感情移入しやすくなるのではないでしょうか。
真柴の存在は、物語に多様な視点をもたらし、いじめ問題の複雑さを浮き彫りにしていたと見ることができます。
『聲の形』をラストまで読んだ・見た人の感想
ここまで漫画版と映画版の『聲の形』の最終回ネタバレあらすじ、そして両者の違いをご紹介しました。
ここからは、実際に作品を読んだり見たりした人たちがどんな感想を持ったのかを、それぞれ見ていきましょう。
漫画版『聲の形』読者の感想
やはり一番多かったのは「感動した」「心に刺さった」という感想です。
過去の過ちを乗り越えて成長していくキャラクターの姿は感動的であり、いじめの要素が絡んでいるのなら尚更でしょう。
他にも「いじめの描写で心が痛む」「手話を覚えようかと思った」など、社会問題を扱った漫画だからこその感想が多く見受けられます。
実際、『聲の形』は30分の実写版DVDが作成され、道徳教材として採用されていることからも、その影響力の大きさがうかがえます。
映画版『聲の形』観客の感想
映画版『聲の形』の結末については、様々な感想が見られますが、主な感想は「文化祭の場面をラストシーンにした監督にセンスを感じる」「すべての世代の人に観てほしい」その他「原作を読みたくなった」等、肯定的なものが多いです。
映画は試写会のアンケートで満足度94%、おすすめ度98%という好記録を残しており、その感動体験は多くの観客に共有されています。
しかし、内容が内容なだけに、ただ肯定的な感想だけでなく、中には批判の声もあります。
前述の「ラストシーン以外の比較」で触れましたが、真柴のように「いじめを許せない」キャラクターがおらず、「ストーリーやキャラクターの行動原理が納得できない」と感じた方もいらっしゃるようです。
ですが、『聲の形』については元々、「『読者に意見を聞いてみたい』という気持ちで描いたもの」だと著者である大今良時が語っています。
もやもやしたものを感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、まずは映画を最後まで観て、さらに漫画版を読んでみると、納得できることも増えるかもしれません。
『聲の形』の理解を深めるなら公式ファンブックがおすすめ
漫画版でも映画版でも大反響を呼んだ『聲の形』。
ファンの中には「何度も読み返した」「映画は3回観に行った」とおっしゃる方もいらっしゃいます。
中には批判的な感想を持たれている方もいらっしゃるかもしれませんが、『聲の形』が好きな方にも嫌いな方にもおすすめしたい関連本があります。
「聲の形公式ファンブック」で作品の裏側を知る
その本が「聲の形公式ファンブック」です。
この本は単なる『聲の形』の情報をまとめた本ではなく、著者・大今良時へのインタビュー記事や、連載前に掲載された読み切り版2本を収録しています。
インタビュー記事ではキャラクターの行動原理ともいえる心理状況も解説されており、「納得できない」と感じたシーンの裏側を知ることができる貴重な資料となっています。
「硝子がいつ将也を好きになったのか」や「硝子が自殺を決意したのはいつなのか」といった質問、その他「エンディングで、二人が手を繋いだ意味とは」など、様々な情報が詰まっています。
漫画版・映画版を既に何度も見たファンの方は、ぜひ読んでみてください。
新たな発見や、作品へのより深い理解が得られるはずです。
まとめ:異なるラスト、それでも同じ「一歩」
今回は『聲の形』について、漫画版と映画版の結末とその違い、そしてファンからの感想などを紹介しました。
それぞれラストまでの流れは同じものの、漫画版と映画版とではその結末が少し異なりましたね。
ですが、漫画版・映画版ともにファンからの満足度は非常に高く、特に映画版では試写会のアンケートで満足度が94%、おすすめ度98%という好記録を残しています。
また、映画を観た方からは「原作も読みたい」という声が非常に多い作品です。
漫画版『聲の形』と映画版『聲の形』はそれぞれ違うラストシーンとなりましたが、「主人公が1歩踏み出す」という意味では同じ内容とも言えるでしょう。
原作版で「いじめのシーンが辛くて最後まで読めなかった」という方、逆に「映画を見たけれど納得できない場面が沢山ある」という方。
ぜひ、漫画版『聲の形』と映画版『聲の形』を見比べてみてください。
きっと、それぞれの作品が持つメッセージ、そして「声」にならない心の声に、新たな発見があるはずです。



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