【キングダム】函谷関の戦いをネタバレ解説!秦国と合従軍の配置と結果は?

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【キングダム】函谷関の戦いをネタバレ解説!秦国と合従軍の配置と結果は?

 

『キングダム』の作中において、秦国と合従軍が激しい戦いを繰り広げた「函谷関(かんこくかん)の戦い」は、屈指の長さとスケールを誇る戦いです。

今回は、この函谷関の戦いのあらすじをネタバレを含めて詳しく解説し、秦国と合従軍の配置、戦いの結果、そしてその後の「蕞(さい)の戦い」について見ていきます。

さらに、『キングダム』の合従軍編(函谷関)がアニメや原作漫画のそれぞれ何話に描かれているのかについてもご紹介します。

 

『キングダム』作品の基本情報をおさらい

函谷関の戦いの詳細に入る前に、まずは『キングダム』という作品の基本情報をおさらいしておきましょう。

 

『キングダム』の概要と輝かしい実績

『キングダム』は、原泰久による日本の漫画作品で、2006年1月から『週刊ヤングジャンプ』(集英社)にて連載が続いています。古代中国の春秋戦国時代末期を舞台に、中華統一を目指す秦国の若き王・嬴政(えいせい)と、天下の大将軍を夢見る少年・信(しん)の成長と活躍を描いています。

コミックスは累計発行部数8,300万部(2021年7月時点)を突破し、2013年には第17回「手塚治虫文化賞」マンガ大賞を受賞するなど、その人気は不動のものです。

テレビアニメは第1シリーズが2012年、第2シリーズが2013年、第3シリーズが2020年(中断を挟む)、そして第4シリーズも放送され、高い評価を得ています。その他にも、ゲーム化や実写映画化もされており、幅広いメディア展開で多くのファンを魅了し続けています。

 

『キングダム』物語の始まり

物語は、天下の大将軍になることを夢見る下僕の少年、信と漂(ひょう)が、秦国の王・嬴政と出会うところから始まります。

ある日、漂が士官しますが、瀕死の状態で信の元へ帰還し、命を落とします。漂の遺志を継いだ信は、漂に瓜二つの嬴政と出会い、最初は反発しながらも、共に中華統一という壮大な夢を追いかけることを決意します。

下僕という低い身分から、幾多の困難を乗り越え、戦場で仲間たちと共に成長していく信の姿が描かれており、読者を熱くさせています。

 

函谷関の戦い!秦国と合従軍の配置と戦況【ネタバレ】

『キングダム』の合従軍編の中でも特に激しい戦いとして知られる函谷関の戦いについて、まずは秦国と合従軍の配置と戦況を詳しく見ていきましょう。

 

合従軍の急進と秦国の防衛策

函谷関の戦いは、楚の侵攻をきっかけに始まりました。秦軍のもとに、楚、魏、趙、燕、韓、斉の6つの国で構成された「合従軍」が秦の王都・咸陽を落とすべく進軍中であるとの急報が届きます。

合従軍はすでに咸陽にかなり迫っており、特に楚軍は国境の防衛壁「南虎塁」を容易に陥落させ、急速に咸陽へ接近していました。

秦軍本営の対応が追いつかない中、騰(とう)軍が独自の情報網を駆使し、わずかな兵力で楚軍の足止めを試みますが、騰軍の第五軍長・同金(どうきん)が楚の武将・臨武君(りんぶくん)によって討たれてしまいます。

秦から見て東に位置する斉はまだ秦の領土に足を踏み入れておらず、秦は最大限の外交力を駆使して、斉を合従軍から離脱させることに成功します。これにより、秦は楚、魏、趙、燕、韓の5つの国の軍隊と対峙することになります。

長時間にわたる文官たちの議論の結果、合従軍を秦の国門である「函谷関」で迎え撃ち、死守するという打開策が導き出されました。函谷関には、秦の名だたる将軍たちが招集されます。

 

函谷関における両軍の配置

函谷関における両軍の配置は以下の通りでした。

  • 蒙武(もうぶ)軍6万と騰軍3万:敵の楚軍15万と対峙
  • 麃公(ひょうこう)軍4万:敵の趙軍12万と対峙
  • 王翦(おうせん)軍7万:敵の燕軍15万と対峙
  • 函谷関の守り:蒙驁(もうごう)軍と張唐(ちょうとう)軍、桓騎(かんき)軍の連合軍が魏軍10万と韓軍5万と対峙

また、その後ろには合従軍本陣として、趙の李牧(りぼく)率いる趙軍と楚の春申君(しゅんしんくん)率いる楚軍が控えていました。主人公の信率いる飛信隊は麃公軍に入り、函谷関の最右翼に配置されます。

 

趙の慶舎と麃公の戦い

函谷関の戦いの中で最初に戦局が動いたのは、秦の麃公と趙の慶舎(けいしゃ)の戦場でした。慶舎は「沈黙の狩人」の異名を持つ本能型で、蜘蛛の巣のような布陣で敵を翻弄することを得意とします。

趙軍12万に対し秦軍2万という劣勢の中、麃公軍と飛信隊は驚異的な攻撃力で正面の李白軍を蹴散らしていきます。しかし、「守備の李白」の異名を持つ李白が策を講じずに圧倒されている状況は、慶舎が仕掛けた罠でした。

慶舎は右翼の公孫龍軍をわずかに動かし、その動きに勘の良い麃公が反応し、公孫龍軍を急襲。この瞬間を待っていた慶舎は、奥へと入り込んだ麃公軍を趙軍に挟み撃ちにさせようとします。

さらに、秦への深い恨みを持つ万極(まんごく)軍が麃公軍の背後から奇襲を仕掛け、疲弊した麃公軍は窮地に立たされます。

この状況で、本能型に目覚め始めていた信が危機を察知。飛信隊の兵士たちはためらいながらも、信が自らの背中で鼓舞し、士気を高めます。飛信隊は決死の逆走で万極軍を迎え撃ち、麃公軍の危機を救いました。

 

魏の超大型井闌車と桓騎の策

巨大な国門である函谷関には、通常、井闌車の構造対策がなされており、橋を架けることは不可能とされていました。

しかし、兵器開発の天才と言われる魏の呉鳳明(ごほうめい)が、自身の叡智を凝縮した「超大型井闌車」を投入し、函谷関に橋を架けることに成功します。

これにより秦軍は苦戦を強いられるかに見えましたが、桓騎将軍が超大型井闌車に油をかけ、火矢を放つという大胆な策でこれを燃やし、危機を脱しました。

 

楚軍との激戦:録嗚未、臨武君、騰の戦い

函谷関の中で最大規模の戦場は、蒙武軍6万と騰軍3万の連合軍が、楚軍15万と挑む戦場でした。この戦場には、信と同世代の若き武将、王賁(おうほん)と蒙恬(もうてん)も加わり、楚軍の若き武将・功翼(こうよく)と白麗(はくれい)と激しい戦いを展開します。

楚の弓の名手・白麗は、かなりの長距離からでも強力かつ正確な射撃が可能でした。そして、王騎軍の第一軍長を務めたこともある秦の武将・録嗚未(ろくおみ)と、楚軍の武将・臨武君が互角の勝負を繰り広げます。

そこに白麗が割り込み、王賁と蒙恬の活躍で白麗の射撃は一時中断されますが、録嗚未と臨武君の戦いは続きます。

臨武君によって録嗚未が重傷を負い、王騎軍で録嗚未と一緒だった鱗坊(りんぼう)も白麗の矢に射抜かれて死亡するという秦軍の危機に、大将軍の一人であるが現れます。

騰は臨武君をいとも簡単に倒し、蒙武に対して「私は元から強い」と自称する通りの圧倒的な強さを見せつけました。秦は楚との戦いで蒙武を本軍の軸とし、汗明(かんめい)大将軍にぶつける作戦をとっており、その他の強敵はすべて騰軍が排除する要となっていました。

 

信、万極を討つ!

麃公軍を逆走し、背後を狙ってきた万極を迎え撃った飛信隊。万極軍は「長平の呪い」と呼ばれる存在で、秦への深い憎しみに囚われていました。

かつて六大将軍の時代に白起(はくき)が起こした、長平での趙の民衆40万人の生き埋め事件。その家族や当事者のみで構成された万極軍は、秦国に対して恐ろしいほどの憎しみを抱いていました。そんな万極軍を率いる万極に対し、信は下記の言葉を投げかけ、得意の飛び斬りを仕掛けます。

「お前は憐れな奴だ こんな気色悪ィ亡霊共をしょいこまされちまって
こいつらの重みでお前はぶっ壊れちまったんだよ
分かってんのか万極 一番呪われちまったのはお前自身なんだぞ」

こうして、咸陽に近づけたくない厄介な敵として秦がマークしていた万極は、信によって討ち取られました。

 

媧燐(かりん)の戦略と成恢の毒攻撃

楚の第二軍を指揮する大将軍・媧燐は、自他ともに認める「戦いの天才」です。

この戦いで全く動きを見せない彼女に対し、楚の大将軍である汗明が直々に理由を尋ねると、媧燐は「全軍大いなる凡戦を連ねて十日後に函谷関を落とすべし」と答えました。

この進言を受けた李牧も「なるほど本物ですね」と納得し、合従軍は軽い攻めの凡戦を積み重ねていくことになります。

媧燐の指示により合従軍が凡戦を展開する中、戦国七雄の中で最弱とされる韓の総大将・成恢(せいかい)が動き出します。毒兵器部隊を率いる彼の毒攻撃が繰り出され、韓の兵が放った矢から立ち上る煙は毒でしたが、秦がそれに気付いたのは合従軍の凡戦作戦の後でした。

 

函谷関の戦い、運命の十五日目と戦いの結末【ネタバレ】

函谷関の戦いは運命の十五日目を迎え、合従軍の猛攻が始まります。ここからは、函谷関の戦いの最終局面とその結果を見ていきましょう。

 

十五日目の猛攻と蒙武・騰軍の戦い

媧燐の指示した運命の十五日目を迎え、合従軍の全軍が函谷関を陥落させようと猛攻を仕掛けます。

まず、楚軍15万と対峙する蒙武軍6万と騰軍3万の連合軍について見ていくと、蒙武は自身の本陣にいる軍勢だけを残し、全軍を斜陣がけに突撃させます。これは蒙武にしては珍しく軍略を使用しましたが、実は昌平君が考えた作戦でした。

 

媧燐軍と騰軍の戦い:戦象と本陣防衛

楚軍との注目の戦局として、媧燐軍と騰軍の戦いを見ていくと、媧燐軍は「戦象」を使用してきます。媧燐の狙いは騰軍を戦象を使って倒すことではなく、騰軍の布陣をかき乱すことにありました。

戦象をたやすく撃退した騰軍でしたが、気づいたときには楚の第二軍が媧燐の指揮の下、連鎖的に騰軍の陣営を取り囲む布陣を敷いていました。

一気に形勢不利となった騰軍は、先に戦象と戦っていた録嗚未たちを見捨て、本陣の守りを優先させます。さらに、騰は玉鳳隊を率いる王賁と、楽華隊を率いる蒙恬にそれぞれ左軍と右軍の陣の指揮権を渡しました。こうして、王賁と蒙恬はそれぞれが5千の兵を率いて、本陣の防御を担うことになります。

 

桓騎の奇襲と張唐の最期

函谷関突破の役割を任された魏の呉鳳明と韓の成恢は、超大型の弩を使って無数の網を壁に打ち込み、兵士たちが函谷関の壁を登れるようにします。さらに、初日に橋を架けた超大型井闌車が再び登場。今度は燃やされないように大量の水を吸わせていました。

徐々に楚軍が函谷関の上に到達する中で、成恢が事前に仕掛けていた毒が利き始めた張唐(ちょうとう)は瀕死状態となります。

戦況が悪化する中、桓騎(かんき)は楚軍の超大型井闌車を逆手に取り、それを使って地上に降りるという大胆な策を実行します。魏軍から奪った旗を掲げ、魏の兵の甲冑を着込んだ桓騎軍は400人ほどのいくつかの小さな部隊に分散し、そのまま韓の本陣に攻め入ります。

この作戦には瀕死状態の張唐も参加しており、彼らの狙いは韓の総大将である成恢でした。張唐は最後の力を振り絞り、敵に背を向けて逃げ出そうとする成恢を一刀両断。見事、成恢を討ち取った張唐でしたが、彼も力尽き、そのまま命を落としました。

一方、呉鳳明は成恢を討ち取られても、最後まで諦めずに攻撃を続けていました。函谷関では巨大な3階建ての望楼が炎上し、桓騎が任されていた場所は陥落するなど、秦国にとってピンチな状況が続きます。

 

王翦の罠とオルドの敗退

燕の総大将を務めるオルド大将軍は、北の山岳族から王になった人物です。山側でオルドと戦うことになった王翦(おうせん)は砦を築き上げます。

難攻不落に思えた王翦の砦をオルドは見事攻略しますが、王翦は死守すべき山側の砦を早めに見限り、後方に退却します。そこで、オルドは山岳部隊に函谷関の裏側に通じる絶壁を登らせます。

しかし、そのすべてが王翦の仕掛けた罠でした。山を登っている最中の燕軍の山岳部隊の背後に大勢の王翦軍が現れ、オルドは山攻めの要となる8000人もの山岳部隊の兵士を失います。

山読みに長けたオルドでしたが、退却を余儀なくされ、王翦が作った砦に籠ります。そして、罠にはまったオルドは全く身動きが取れなくなってしまいました。

 

媧燐軍の猛攻と騰軍の反撃

媧燐軍と騰軍の戦いは激しさを増していました。王賁と蒙恬の支援策によって、秦側はぎりぎりで守りを保てている状態でしたが、そこへ強靭な媧燐率いる本軍が隆国(りゅうこく)軍の前方を急襲します。

そこが突破されれば、その先にある騰軍本陣を守り抜くことは至難の業となります。

そのため、王賁と蒙恬も隆国軍のもとへ援軍を送りますが、左軍にも右軍にも限界が見えてきていました。そこへ戦象との戦いで捨て置かれた録鳴未と干央(かんおう)が現れます。

これによって、騰軍の本陣を落とす難易度が上がったと判断した媧燐は方向転換を命じ、軍の一部を引き連れて、蒙武軍のいる方へ向かいました。

 

函谷関の戦い、決着!【ネタバレ】

いよいよ函谷関の戦いの決着です。両軍の死闘の末、どのような結果を迎えたのでしょうか。

 

蒙武、楚の巨人・汗明を討つ!

秦軍の最大戦力を率いる蒙武軍と騰軍は、同じく合従軍の最大戦力である楚軍と対峙していました。合従軍を倒すためには、合従軍の武の要であり「楚の巨人」の異名を持つ大将軍・汗明を討ち取る必要がありました。

秦軍の総司令官・昌平君は、事前に蒙武と騰に汗明を倒す作戦を伝えていました。昌平君の策の要は、無傷のまま蒙武軍を汗明軍にぶつけるという強硬突破で、蒙武の武を信じ、汗明を討ち取れるのは蒙武しかいないと判断したのです。

そのため、騰軍だけで臨武君軍と媧燐軍を相手にしなければなりませんでしたが、臨武君は初日で騰が討ち取っていました。

しかし、臨武君がいなくなっても、楚の第二軍を指揮する媧燐が相手では苦戦を強いられ、騰軍の本陣を突撃されてしまいます。騰軍の左軍と右軍に配置されていた王賁と蒙恬の活躍で危機を脱することができました。

一方、秦の命運を背負った蒙武は汗明との一騎打ちで、やや劣勢に立たされます。汗明の方が武が勝る中、それでも蒙武は果敢に攻め続け、最終的に汗明の頭部を粉砕し、討ち取ることに成功しました

蒙武と汗明の一騎打ちの最中、媧燐の弟にあたる媧偃(かえん)が妨害に入り、それを阻止するために蒙恬が斬られる事態が起きましたが、重体となった蒙恬に対し、父親の蒙武は「その程度では死にはせぬ」とだけ言い、汗明軍の残党狩りに向かっていきました。

 

媧燐軍の別働隊と王翦軍の活躍

合従軍の武の象徴・汗明を討ち取ったことで、秦国の防衛が優勢かと思いきや、実はひそかに函谷関を抜くため、媧燐は別働隊を準備していました。

函谷関の裏側から媧燐軍の精鋭5000人が突撃し、門に配置された巨大な岩が動かされます。この岩が門を突き破れば、函谷関の門前で戦っている合従軍が秦の王都・咸陽に続く道になだれ込むこととなります。

もし函谷関がこのまま突破されてしまえば、函谷関の守りに全軍を投じている秦軍が咸陽を守りきることは難しくなります。

そんな危機を救ったのが王翦軍でした。王翦軍が媧燐軍を背後から襲撃し、蹴散らし、媧燐の策略は破綻。秦は函谷関を守り切ることができました

そして、函谷関の突破は難しいと判断した合従軍は、全軍を開戦時と同じ配置まで退却することになります。

 

李牧の次の作戦、南道へ

合従軍が後退した日の晩、李牧がひそかに本陣を離れます。そして、その3日後、咸陽は奇妙な報告を受けました。それは函谷関とは別の方向にある南道沿いの小さな都市「華沙」が敵に襲撃されたというものでした。

実は李牧は函谷関の突破が叶わなかった場合の別の作戦もきちんと用意していたのです。彼は開戦時よりも兵を少しずつ動かし、函谷関の南側にある細い道に軍を向かわせます。

秦にとっては別の道から既に咸陽に迫られている状況でしたが、函谷関の門前で大軍を相手にしている中、南道を突き進む李牧の別働隊を止めることは至難の業でした。その結果、李牧の別動隊は大した武将が配置されていない南道をどんどん突き進んでいきます。

 

李牧、龐煖、そして麃公の最期

本能型の武将で直観に優れた麃公は、合従軍側の兵の動きに違和感を感じ、持ち場を離れます。ちなみに、飛信隊も麃公軍に同行していました。

そして、軍勢を率いて南道を進む麃公に李牧が罠を仕掛けてきます。それを攻略した麃公は李牧との一騎打ちになりますが、そこに趙の大将軍・龐煖(ほうけん)が割って入り、麃公の前に立ちはだかりました。

麃公と龐煖の一騎打ちとなり、圧倒的な武力を有する龐煖によって、麃公も大きなダメージを負います。一方、李牧が仕掛けた流動という陣形を掻い潜り、麃公のもとへ駆け付けようとする信でしたが、麃公はそんな彼に向けて自身の盾を放り投げ、咸陽を守れと伝えます。

そして、龐煖の片腕を折った麃公は、信に「火を絶やすでないぞォ」と言った直後、龐煖によって討ち取られてしまいました

 

函谷関の戦いのその後:壮絶な蕞の戦いへ

函谷関の戦いが終わりを告げた後、李牧の次の狙いは咸陽そのものでした。その咸陽を防衛するための最後の砦となったのが「蕞(さい)」です。

 

政、蕞で民兵を率いる!

麃公という大きな存在を失い、窮地に立たされた秦。そこで、咸陽から程近い都市「蕞」で李牧の進撃を阻止すべく、秦王・嬴政が自ら出陣することを決意し、咸陽を発ち、蕞に向かいました。一方、麃公軍の残党や、麃公から盾を受け取った信ら飛信隊、壁(へき)も命からがら蕞に辿り着きました。

目の前で麃公を討ち取られ、生気のなかった信でしたが、政の姿を見て一気に活力を取り戻します。蕞には軍がいませんでしたが、政が自ら民間人の前で語り、鼓舞したことで、子どもや老人を含め、李牧の兵力を超える3万の民間人の兵を集めることができました。

正規兵を率いる李牧に対し、秦側はその場しのぎに民間人を兵にしたにすぎませんでした。また、指揮官も少ない状態でしたが、昌平君の部下の介億(かいおく)らも加わり、完璧とは言えないまでも、李牧が率いる軍勢を迎え撃つ準備ができました。

 

蕞の死守と李牧の驚き

政によって鼓舞され、士気の高まった3万人の蕞の民兵たちは見事に李牧軍を抑え込みます。さらに、麃公軍の残党や飛信隊の活躍もあり、名だたる武将がいない中でも、蕞はなんとかぎりぎりのところで、数日持ちこたえている状態が続いていました。

そんな状況を李牧も不思議に思います。そのため、蕞には「只者ではない」人物がいると推察し、政の王としての器の大きさやカリスマ性に気づくこととなりました。

 

「二年前の秦趙同盟の時に呂不韋の傀儡と思っていた。蕞を不落の城としたのは正に偉大な王の御業であり、傀儡にはできぬ。しかも、加冠前の十八かそこらの若王が為しえた。ひょっとすると列国が呂不韋に気を取られて気づかぬうちに秦には恐ろしい王が誕生していたのやもしれぬ―だとしたらなおさらここで秦をつぶしておかねばならぬ!」

 

楊端和の援軍と龐煖vs信の再戦

李牧が最終戦になると認識していた蕞の戦いも6日目を迎えます。しかし、政の鼓舞があっても、民兵の体力はすでに限界に達していました。何もできずに命を落とす者が出る中、戦況は悪化。

北壁にてすべての壁のパワーバランスをひたすら整えていた介億にも限界が訪れ、壁の一つが李牧軍の力を下回り、その結果、蕞の門が開かれ、秦は絶体絶命となります。そこへ楊端和(ようたんわ)が山の民を大勢引き連れて援軍に来ます。

この事態はさすがの李牧でも想定外だったようで、楊端和の援軍により、戦況は秦軍が優勢となりました。

李牧軍は撤退しか選べない状況まで追い込まれますが、そこへ龐煖が現れ、信と対峙します。王騎や麃公を討ち取った龐煖の武の方が信よりも勝っていますが、信はなんとか渾身の一撃で龐煖の矛を弾き飛ばし、一撃を与えることに成功しました。

麃公が最後に龐煖の片腕を折っていたから可能だった一撃ですが、これがきっかけで李牧は全軍撤退を命じます。こうして、合従軍は撤退し、最初に反旗を翻した斉に向かって敗走していきます。そして、少し斉に侵攻し、その後、各国の軍はそれぞれ自国へ帰っていきました。

 

『キングダム』合従軍編(函谷関)はアニメ・漫画の何話?

ここまで『キングダム』の合従軍編の中でも激戦として知られる函谷関の戦いをネタバレで見てきました。次に、『キングダム』の合従軍編(函谷関)が、アニメや原作漫画では何話で描かれているのかを紹介していきます。

 

アニメ版の函谷関編

『キングダム』の合従軍編(函谷関)は、テレビアニメでは第3シーズンで描かれています。多くの見せ場となる戦場が登場し、息もつかせぬ展開が繰り広げられていると、ファンの間でも評判です。

 

原作漫画版の函谷関編

『キングダム』の合従軍編(函谷関)は、原作漫画ではコミック25巻収録の262話から33巻収録の354話で描かれています。約2年にわたり、計93話分を費やして描かれた函谷関の戦いは、『キングダム』史上屈指の長い戦いとして知られています。

 

まとめ:函谷関の戦いは秦国の命運をかけた一大決戦

今回は、『キングダム』作中屈指の長さを誇り、秦国が合従軍を相手に激戦を繰り広げた函谷関の戦いをネタバレでご紹介しました。秦国と合従軍の配置や戦いの結果、そしてその後の蕞の戦いを詳しく見てきました。

テレビアニメでは第3シリーズで、原作漫画では25巻から33巻で描かれたこの壮大な戦いは、まさに秦国の命運をかけた一大決戦でした。皆さんもぜひ、秦国と合従軍が激戦を繰り広げた『キングダム』の函谷関の戦いに注目してみてください!

 

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